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運命じゃない貴方と 6
「オメガはやばいっすね」
やばいだけで表現をするなと常々注意をしてきたが、この組員はまったく聞く気がないようでササキは顔をしかめる。
「ヤバいって?」
他の組員までヤバいで話し始めて、ササキは頭痛を覚えてこめかみを指で押さえた。
「すげーやべーの」
そう言うと組員は興奮気味に立ち上がって拳を作り、反芻するように目を閉じる。
「うちの近所にオメガのサセコがいたんっすよ、あれはもー……やばいっすよ。めっちゃえっちぃんですよ!ふわっふわだし、とろっとろだし」
「すげーいいってのは聞いたことあるな!」
「とにかくエロいんっすよ!何してもびっくんびっくんして っ」
ざわっと沸き立ち始めた場を治めるためにササキは拳でデスクを叩く。
その音の大きさに怯えて組員が口を紡ぐと、瞬く間に事務所に沈黙が落ちる。
「それを、頭の前で言う気やなかろうな?」
低く硬い声に組員達はごくりと唾を喉に押し込み、気まずげにお互い目を見合わせた。
「……いえ、その」
「そんな……ことは……」
二人の仲が睦まじいのは周知の事実だ。
大神の大事にしている婚約者がそうなのだと、万に一つでも言おうものならどうなるのかは火を見るより明らかで……
ササキは痛む頭を誤魔化すようにこめかみを揉んで低く呻く。
咲良との話が出て以降、大神がずいぶんと丸くなった。
この稼業においてそれがいいとは言い難かったが、それでも組として御しきれないほどの気性を持つ大神を大人しくさせておけるならそれに越したことはない。
例え腰抜けと言われようとも、若頭補佐となってからやっと訪れた平穏にササキはしがみつきたかった。
軽やかな足取りに、ササキは咲良の機嫌が直ったことを知る。
先程までは今にも頬を膨らませて、年相応に我儘を言いそうな気配があったのに、大神からの電話を取り継いだ途端この調子だった。
爽やかな秋の時季、出かけるには最適な日和の今日、本来なら咲良と共に出かけているのは大神のはずだったが、大神の父親からの呼び出しとなればそちらを優先させないわけには行かず……
大神から自分の代わりにとお供を言いつかったササキは、どうしたものかと思案に暮れていた。
産まれた環境のために上下関係の絶対性を分かっているものの、約束を反故にされたこととそれとをうまく折り合いがつけることができずに、咲良は先程まで不服そうだったからだ。
けれどたかが数分の電話でその表情が一転したのだから、成婚後も二人の仲は安泰だろうと胸を撫で下ろす。
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