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運命じゃない貴方と 8
「いってっ」
「いい加減にしろっ」
「いやっだってっ!頭みたいなデキル男がアルファだって習いましたもん!そう思うでしょ!」
うるさいとばかりにササキは組員の足を蹴り上げる。
大神に言わせると、今後第二性の認知が広まるにつれて、それが重要な役割を果たすようになるだろうとのことだった。
それを踏まえるなら、こんな人通りの多いところで大神の性別のことを大声で言うのは得策ではない と、ササキはさっと周りを見渡す。
幸いと言うべきか、道を行き交う人々はササキ達の風体で近づいてはいけない相手だと認識したようで、避けるようにして歩き去って行く。
「こればっかりは生まれついての話しやから、しょうがないんよ。それに、そんなもんで人の優劣つくやなんて馬鹿らしいやろ?気にせんのが一番や」
咲良の母親がΩだったとササキは思い出し、資料でしか読んだことのない咲良の母親の話を反芻した。
神楽組の組長に見初められるまでは、随分と過酷な人生を歩んだらしいと言うことに顔をしかめる。
多少なりともその話を聞いているのか、咲良の言葉はしっかりとした意志が垣間見えた。
「そうですね。大神ほどの男はそういませんから、やはり本人の資質だと思います」
ササキの言葉に、咲良は嬉しそうに笑う。
「せやろ?さとくんほどいい男はおらんの!」
「はい、そうですね」
「やから ──── 」
不自然に途絶えた言葉にササキが咲良の視線の先を見る。
咲良達の周りは人が避けていくために不自然なほど空間が空いていて、けれどそこに一人の男がふらりと歩み出てきていた。
優男……そう言って間違いがない風体だ。
ついこの間、組に入ったばかりの若造よりもひょろりとして見える印象の男を睨みつけ、ササキは咲良の前に立つ。
「 何か?」
ひりつくような気配にササキが低く尋ねた瞬間、背後で咲良が「ええ匂いがする」と上ずった声で呟いた。
普段以上に荒々しい足音が駆けるように広間の方へと近付いてくる。
さっと緊張が走ったのを見て取ったがササキにはどうすることもできず、痛みを訴える体を引き摺りながら土下座した。
それと同時に鋭い音がするほど勢いよく引き戸がひかれ、怒気を孕んだ声が「どういうことだ」と絞り出すように尋ねてくる。
「若、申し訳ございません。今回の事は……」
どん と目の間に足を踏み下ろされ、ササキはそろそろと視線を上げていく。
咲良との婚約以降、穏やかになっていたと思った大神の恐ろしい形相に、懸命に逃げ出したい気持ちを押さえつける。
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