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運命じゃない貴方と 12
ササキに睨みつけられて、組員はそろりと「咲良お嬢さんがいなくなりました」と告げた。
「な……」
腕時計をさっと見れば時間はまだ明け方には遠い。
「何があった?見張りはついていたんだろうが!」
胸倉を掴んで怒鳴りつけるも一介の組員がそこまで知っているわけもなく、ただただササキの剣幕に押されて怯えたように謝り続けるだけだった。
埒があかないと思ったのか、ササキは投げるように組員から手を離すと大神の寝室に向けて走り出す。
普段でも警備には十二分に気を遣っていると言うのに、神鬼組と神楽組のめでたい日にもしもがないように普段以上に気をつけていたはずだった。
不審なものは入ることも出ることもできないはず……
「若」
引き戸を開けようとした瞬間、ぴりっとした雰囲気がすでに感じられた。
ササキは怯んだけれど、声をかけてしまった以上入らないわけにもいかず、覚悟を決めてそろりと戸を引く。
「遅くなって申し訳ありません、咲良お嬢さんが っ」
どん っと顔のすぐ傍で鳴った音に反射的に身を竦めると、投げつけられた置物がけたたましい音を立てて足元に転がる。
直撃していたらと思うと、さすがのササキも顔色を失わずにはいられない。
「も、申し訳ありません……」
「咲良を探しに行く」
「私が参ります、若はこちらでお待ちください」
そう言うと、シャツを着ようとしていた大神の手が止まり、険を含んだ胡乱な視線がササキを見る。
昨夜までの穏やかそうなものではない。
咲良と出会う前の、触れるものすべてを噛み殺してやろうかとしているかのような表情だった。
「大事になりますと付け入られます、私が秘密裏に探しますのでどうか っ」
大きな拳が振り上げられたが、ササキはそれでも続ける。
「我々にもメンツがあるんです!神鬼が祝言の日に花嫁に逃げられたなんてっ」
喉を締め上げる大神の手に言葉が途絶えた。
決して小さい方ではないササキですら、大神に首を掴まれると爪先が浮きそうになる。
「すみ……っ、ちが……さ、攫われたっ!っ……攫われたと言うのは、メンツに関わりますっ」
「メンツなんか知るか!」
更に込められた力のせいで息が詰まり、ササキの喉からひしゃげたような音が漏れた。
ジタバタと苦しさのせいで反射的に体が暴れ、包帯を巻いた手で大神のびくともしない腕を叩き続ける。
「わかったな?何としても探し出せ」
口角から泡が噴き出した瞬間、大神の手が緩んでササキが床へと崩れ落ちる。
ひゅうひゅうと奇妙な音をさせながら、ササキはその状態で「分かりました」と頭を下げた。
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