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運命じゃない貴方と 20
「やから、教えてや」
ベッドの上で体を起こした咲良の膝の上にもたれ、自分の名前の由来をきらきらとした目で尋ねる息子に、咲良は指先で空中に字を書いて見せる。
「つけたんはお母さんなんよ。お父さんみたいになって欲しい思て。お父さんから貰ったこの字は知恵を表して、真理を知る力のことやねん。きちんと物事を見てほし っ!」
ゲホゲホと急に咳き込み始めた咲良に、サイドテーブルに置かれていたガラスの水差しからコップに水を注ぐ。
水を渡そうとする前に、喉の奥からひゅーひゅーと不安になるような音が漏れ、子供は真っ青な顔をして背中を擦った。
「だい、大丈夫?」
「う、うん、なんでもない んよ」
そう言うも咲良の顔色は真っ青で……
子供は不安そうに顔を歪める。
ここ数日が急に冷え込んだからか、咲良の体調が急に悪くなったのは子供の目から見てもはっきりとわかるほどで、組の中には大神を呼び戻した方がいいのではと言う声も上がるほどだ。
瀬能がマメに立ち寄っては診察をするものの、体調が良くなる気配は一向になかった。
そんな母を見て、子供がどう思うのか……
「へい、き。ちょっと噎せただけ っ」
少し喋っては苦し気に胸を押さえて咳き込む姿に、子供は「先生呼んでくる!」と大きな声を上げて背を向けた。
その瞬間だった、咲良の悲鳴と重なるようにしてガラスの割れる音が響き……
医者を呼ぼうとした子供がはっと後ろを振り返ったのと、室内灯を反射するガラスが振り下ろされたのは同時だった。
話を聞いていただけなのにあかは怯えるようにしてぎゅっと大神にしがみついた。
ぬるまってしまった湯がその拍子にわずかに零れたが、大神は何も言わない。
「…………」
あかの手がそろそろと動いて大神の皮膚の上を辿り、躊躇うようにして伸ばした指先に傷跡があるのを確認する。
脊椎に沿って立つ倶利伽羅と絡みつく龍王、そして取り巻く小鬼達が隠すのは、右肩から左腰にまで幾筋も走る傷痕だ。
「────お母さん、なんですか?」
自分を見ない横顔はどこか硬質で、あかは気まずさに手を引っ込める。
「他になんだと思ったんだ」
しれっと返されるが、あかは大神の言い方が悪いとばかりに睨みつけた。
けれどそれも、大神があかを見ていれば成立すると言うもので、ひとり相撲を取っている気分にむっと唇を曲げた。
「そのこと以降、母はずっとあそこだ」
「……」
「幼い頃は会えなかったが、それなりの年齢になってからは面会が可能になった」
ぽつんと告げる大神の目は遠い。
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