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運命じゃない貴方と 21
「でも……」
あかは病室を見続けて感じた違和の原因を見つけて口ごもる。
「母は俺と父の区別がつかないらしい」
「…………」
「あの日、何がきっかけで錯乱したのかは分かってはいない。これで話は全部終わりだ」
湯の中で温まった手が不安そうな表情をしているあかの頬を包み、パン生地でも捏ねるようにぐにぐにと動く。
「っ!? ? ?」
「ただの昔話だ。気にするな」
「ぷはっ!気にする!」
そう言うとあかはまた大神の胸にぎゅっとしがみつく。
隠された傷跡は指で辿ればあっさりとその痕を感じさせて……
傷の大きさにあかはぎゅっと目を瞑る。
小さな子供の背中にこれほどの傷跡を残すその凶行に、小さかった大神が感じたことを思うとぽろぽろと涙が零れるのを止められない。
「泣くようなことじゃあない」
「そんなことない!……です」
自分に興味のない母親に捨てられた自分ですら悲しかったのだから と、あかは言葉を飲み込んだ。
「むしろ入院したことで静養できているのだから、悪い話じゃあない」
「…………」
先ほどからの言葉はすべて自分に言い聞かせているように聞こえて、居たたまれずにあかは大神にさらに強くしがみつく。
何か慰めになるような気の利いた言葉の一つもできないまま、抱き締めるしかできなかった。
わずかに明かりの落とされた病室の中、咲良が膝の上の詩集を繰り返し撫でる。
窶れて細くなった指先でなぞりすぎたのか、詩集の表面は毛羽立ち印刷もくすんでしまっていた。
それでも、愛おしそうに咲良はそれを撫で続ける。
「────あかあかとしたそは恋、せきせきとしたそは愛」
幸せそうに微笑みながら呟く言葉は、この詩集に収められている一片だ。
大神から贈られた初めてのプレゼントでもあるそれを受け取った時の気持ちを思い出して、胸に温かなものを感じて目を閉じる。
あの風体でどのような顔をしながらこれを選んだのだろうと思うと、それだけでどれだけ心を砕いてこれを買ってくれたのか……
表装が気に入って繰り返し繰り返し読んだ。
「さとくん……来てくれへんなぁ」
窓の向こうは真っ暗で、室内の柔らかな明かりのせいか闇に沈んで見える。
寂しいなぁと呟いて首を傾げた咲良の髪がさらさらと流れ、項の歯型が垣間見えた。
END.
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