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落ち穂拾い的な バース性検査

「やぁ、先生のことわかる?」 「……せの、せんせ」  痛みにぐずぐずと泣くこともなく、青い顔ではっきりと受け答えする。 「傷口の治療は終わったよ」 「はい  ありがと ございます」  弱々しく、こんな状況でも礼を口にする少年に瀬能は複雑な表情を向けた。 「おか さん、は?」 「今は落ち着いているよ、大丈夫」  そう告げると、治療が終わったと告げられた時よりもはるかに安堵の表情を浮かべてコクコクと頷く。  以前から聡い子だとは思っていたけれど、大人でも取り乱してしまうような怪我を前にこの落ち着きを見て、複雑な気持ちを抱いた。  後ろ盾があるとは言え体の弱い母を持って、組での立場は……    大人にならざるを得なかったのだろうと思うと、小さなこの子供が哀れにも思えた。 「おと、さんは?」 「ん?んー……」  瀬能は携帯電話を取り出すと、『大神悟(おおがみ さとる)』の番号を探して通話ボタンを押した。  けれど…… 「まぁ、組からの電話にも出ないのに、僕の電話に出るはずもないか」  諦めたように携帯電話をくるくると回してからしまうと、こちらを見上げる子供の頭を撫でる。  海外に行くとは聞いてはいたが、それ以上の情報は持ち合わせていない。  なんと慰めたものかと唸るが、子供はそんな瀬能を見て首を振った。   「……だいじょ です、お父さんは、お仕事……」  仕事 と言えばすべてが許されるわけじゃないだろうと瀬能は眉間に皺を寄せる。    けれど、無駄な希望を抱かせるような言葉を告げることもできず……    「連絡があったら教えるからね。それから……ちょっと採血するよ」 「え……」 「君、バース検査してなかったよね。今年度からバース性のチェックが必須になってね。バース性は知ってる?」 「学校で、な、らいました」 「ちくっとするだけだからね」  そう言ってはみるが、今の状態では痛かったからと暴れることもできないだろう。 「おか さんは、オメガって聞きました」 「うん、オメガの女性は一番少ないんだよ」 「そのつぎは、おとこの子のオメガだって」  言葉が続くのは注射から意識を逸らしたいからだろうか?  瀬能はやっとこの子に子供らしさを見つけた気がして微笑んだ。 「良く習ってるね。はい、終わったよ」    そう言うと瀬能は血の入った試験管を振って時計を確認する。 「そうか、学校の授業ではそんなことも習うんだねぇ」 「  はい」  そう返事をした子供の様子が浮かないのを見て、瀬能は優しく問いかけた。 「何か気になることある?」 「オメガやったら、 こわ、い、と、思います。親がオメガだと、子供もそうだと 聞きました」    大々的に周知されてきているとは言え、世の中はまだまだΩに対する偏見も誤解も多い。  授業でそれらを知ったか、もしくは母のことを噂する組員から聞いたか……  どちらにせよ、小さな子供が戸惑うような話を聞いたのは確かなのだろう。 「可能性があるだけで大丈夫だと思うよ、君はお父さんそっくりで体格も大きいし、しっかりしてるから。オメガとベータで言うならベータの性質だよ。ほら、見ててごらん、この血がもう少ししたら固まるから」 「?」 「オメガなら分離……ええっと、透明な水と赤いのに別れて、ベータや無性ならゼリーみたいに固まるんだよ。時間は……うん、もういいかな」  ほら と言って瀬能が傾けた先の試験管の中で、深紅の液体がぱちゃりと音を立てる。    説明したどれとも違う反応に一瞬沈黙が落ちた。 「  ────!」  瀬能が言葉を発するよりも先に、子供の手が試験管を持つ手を握る。  熱が出てきたのか子供の体温と言うにはあまりにも熱い手に、瀬能は身を竦ませた。  Ωは分離し、ベータや無性は固まる。    そのどれとも違う三つ目の反応に……  動揺を見せないようにと努めてはみたが、真っ直ぐに射るように見つめてくる瞳にそれを隠し通すことは難しい。 「あ……」 「ぼくは、ベータ ですよね?」  小さな手がぎゅっと力を込めたせいで、また試験管の中の血液が震えてちゃぷ と音を立てた。 END.  

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