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落ち穂拾い的な 耳打ちの内容
大神に睨みつけられて、さすがの直江も身を縮ませるようにしている。
二人の間には、網タイツ。
「……バックシームストッキングの方が良かったですか?」
そろりと窺う声を出す直江を更に睨みつける、そうするとまるで獣に見つめられているような気がして……
直江はぐっと息を潜めた。
「悪ふざけもいい加減にしろ」
「だ、だって、あれは俺に一任するって意味じゃなかったんですか!?」
食事と服を用意するように言われた時に、服の好みを尋ねたら大神は煩わしそうに手を振っただけだった。
直江からしてみれば、それは「任せる。俺の好みはわかっているだろう」と言っているものと同義だと思っていたのだが……
「あ……制服の方が良かったですか?一応、用意してありますので今からでも……」
「…………」
振り下ろされた拳の下で、ローテーブルがみしりと嫌な音を響かせる。
それが悲鳴のようにも聞こえて、直江は更に身を縮ませた。
「せ、せめて清楚系とかギャル系とか、そう言った部分だけでも言って貰えたら っ」
また再び拳が振り下ろされ、それがローテーブルの最期だった。
「普通のシャツでいい」
随分と低くなってしまったテーブルに向かって、低く威嚇するように大神は言い放つ。
それは、もうこの話は終わりだし、これ以上この話で煩わせるなとと暗に言っていた。
その雰囲気にこれ以上は何も言い出せないまま、直江は口を閉じるしかなかった。
いつまで経っても馴染めないきつい香りの紫煙を吐きながら、大神は目の前で広げられたあかの華奢な……いや、細すぎる体を思い出して眉間に深く皺を寄せる。
元々細く、同じ男とは思えないほど体格に恵まれていないのは知っていたけれど、自分の元に戻るためにずいぶんと無茶をしたものだ……と、苛立ちを覚えて奥歯を鳴らした。
Ωは傾向的に男女どちらも線が細いと聞く。
まるで庇護欲をそそるためだけに存在するかのような、小さくて、細くて、頼りない風体。
自身の母親は明るくふるまってはいたが体は弱く、大神を産んでからは実をつけた花が弱るように精彩を欠いていったと聞いていた。
つまりΩとは、そう言う存在なのだと、大神は呟く。
「摘み取れば……あっと言う間に枯れる……」
反吐が出るような生活の中でなお、まっすぐ顔を上げていた姿を思い出してまた一つ紫煙を吐いた。
直江のものではない遠慮がちなノックと、わずかに開いた隙間から覗く黒髪、それから柔らかく香る匂いに大神は手を止める。
「 お、おはようございます」
空が白んできていたことには気づいてはいたが、もうそんな時間なのかと大神はパソコンから視線を上げた。
眠らなかったことによる目の霞にぐっと目頭を押さえて、「飲み物持ってきました」と言うあかの言葉に背もたれに体重を預ける。
目を閉じると、さすがに酷使した目の奥がぎりぎりと痛みを訴えるのが良くわかった。
「どこに……」
「こっちだ」
デスクの上をとんとんと叩きながら目を開けると、昨日のベビードールから着替えたあかがもじもじと恥ずかしそうにしていて……
ぶかぶかの襟元から覗く鎖骨に、袖が長すぎて指先しか出ていない腕に、それから裾から伸びた素足が見える。
「…………」
生地が白いせいかシャツに包まれているあかの素肌の色が透けており、大神は思わず額に手を当てて低く唸った。
「……その格好は…………」
「ぁ、シャツが好みだって……だから…………服、借りました」
妙にもじもじとしている様子に、大神は痛む頭で怪訝に見遣る。
「あの、でも、……ぱ、ぱんつは履いていい?」
落ち着かなげに素足を擦り合わせるあかを視界から締め出して、大神は天を仰いでもう一度低く唸った。
END.
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