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乞い願い慕い犯す 12

 援助交際と言わない厭らしさに笑いを漏らしながら二本の指でつぃ……と画面を撫でる。  そうすると小さかった杠葉の顔が拡大されて、粗いカクカクとした輪郭になった。  颯と杠葉は恋人同士だ。    彼らはこの学校に入学し、出会い、交際に至ったと聞く。  昨日の発言を鑑みるに、清い交際をしているらしい。  年に数度は校内で生徒同士のむつみ合う場面に出くわす立場としては、なんとも可愛らしいことだと言うしかない。  ましてや、αとΩで……  ぎっぎっと咥えていた煙草を強く噛んでやる。 「アルファとオメガ……か」  αは随分と昔は有富、有覇なんて呼ばれて、名は体を表すとばかりに一族に産まれたら富をもたらす存在だったと聞く。  逆にΩはいつの時代も争いごとの種になり、その発情のために手当たり次第に人を誘惑するために「おめぇが(盗った)」「おめぇが(誘惑した)」などと言われたと言うことだった。  そう呼ばれる遍歴だけでも、天と地ほどの隔たりがあると言うのに……  この二つの性には無性やβが立ち入れない絆がある。 「……なんて馬鹿馬鹿しい」  颯ほど将来を嘱望されるαは珍しかった。  成績もさることながら、スポーツでも優秀な成績を残し、家庭だって誰もが聞くような企業の創設一族に連なる。  ただの一点もその人生に暗いものなどない、それが堂本颯だった。  堂々とした態度に、  のびのびとした考え方に、  そして叡智を宿した表情に、  いつの間にか彼に対して憧憬と言うには生温い感情を抱くようになっていた。    愛しい人は輝いて見えるとはよく言ったものだと、化学準備室から見下ろして幾度も思ったのを懐かしむ。  正直、彼に対して何か感情を抱いたとしても、私に出来ることは少ない。  いや、まったく何もできないのだ。  教師と言う立場上、  年齢と言う立場上、  私に許されたのは時折彼を眺めることだけだった。  けれど、私はそれで幸福だった。  将来を考えれば、彼ほど楽しくなる者もいなかったし、βの自分が彼の隣に立つイメージなんて考えもしない。  彼が健やかにそこに存在してくれればさえ、私は幸せだったのだ。 「……────」  もう一度深く煙を吐き出してから、携帯灰皿に吸殻を突っ込む。  そしてそのままにもう一回煙草を咥えて火をつけた。 「彼があのままのびのびと栄光の道を歩んでくれれば……」  けれど、彼は見つけてしまった。  いや、先達の言葉を借りるならば、Ωに目をつけられてしまった と言う方が正しいのかもしれない。  今までサボったことのなかった彼がある日授業に来なかったことがあった。  数少ない彼との授業だったのでよく覚えていた……      

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