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乞い願い慕い犯す 22
「わ、私は っそんな意味で言ったんじゃないわよ!」
「他にどんな意味が含まれていたのか知りたい気もしますが、これ以上はただの口論になってしまいますので遠慮しておきましょうか」
「ちょっと!」
「お忘れかもしれないのでもう一度言っておくと、貴女の母親を殺したのは私の存在ではなく、貴女方が彼女に行った数々の嫌がらせのためです。貴女の暴言に彼女は心をすり減らして自死を選んだ。お忘れですか?」
重ねるように言うと、電話の向こうでぐっと言葉を詰まらせる音が聞こえる。
「数年で事実をすり替えてしまえる頭をお持ちとはなんともおめでたいことですね、それでは失礼いたします」
通話を切る瞬間、金切り声が聞こえたことに寂寥感を覚えて煙草をぎりっと噛み締めた。
家を出るまで毎日のように聞き、二度と聞くのはごめんだと思っていたはずなのに、こうして久し振りに聞くと懐かしいと思ってしまう。
なんとも馬鹿馬鹿しい感情に目を覆って息を詰めた。
αとΩの両親から産まれた、産まれるはずのないβ。
明らかな不義の証明を、母は全力で否定した。
まずは私自身を、それから病院を、そして夫を……
最終的に自分自身をも否定して、潔白を証明するために首を括ってみせたのだけれど。
αとΩの子供はαかΩのどちらかだったが、私はβだった。
緊急の帝王切開が行われた大学病院では私以外はすべて未熟児で、過熟児の私と取り違えようがなかったことは調査で分かった。
一つ一つ検証を繰り返し、最終手段として行われた遺伝子検査で父との親子関係は否定された。
母に行われていた家族からの暴言暴行は日増しに酷くなり、αとしての在り方を説いていた父は聞こえよがしの言葉を繰り返し、私の手本になると言っていた姉は子供じみた怪我を伴うような嫌がらせを繰り返した。
きっとそれ以上に親族達の言葉や態度があったのだろう。
耐えられなくなったのだろう母は最終的に首を括ったが、その日我が家に届いた遺伝子検査の報告結果は彼女の不義を覆すものだった。
父だけでなく、母との親子関係もない。
その言葉を見て、汚物を処理するかのように淡々と母の死体の処理をしようとしていた父はあっさりと泣き崩れた。
自分自身が毎日吐き続けた言葉で母を殺しておいて、掌を返すその姿にはαとして上に立つ者らしい態度をとれと言い続けていたものとは程遠く、矜持も誇りも何も持ち合わせていないように見えて……
汚らわしいと、家出や問題行動を繰り返し、それらをすべて母の浮気のせいにしていた姉も急に泣き始め、何か切り替えるスイッチでもあるのではないかとぼんやりと思っていたことを覚えている。
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