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乞い願い慕い犯す 32
せっかく綺麗な朱色に染まっていたと言うのに、これではすべてが台無しだ。
「初めて記念もきちんと記録に残してあるよ」
やや興ざめの気分で携帯電話を弄る。
『は……はや ての、おま〇こに、あ、あんた……せ、先生、の、おち〇ぽが入って……』
マイクが遠かったせいで質の悪さは否めなかったけれど、それでもその声が誰なのかははっきりと分かっただろう。
「なん、で……」
さっと伸ばされた手を避けることができなかったのは、情事後の気だるさのためだ。
指先が弾くように私の手から携帯電話を取り上げ、先ほどまで潮を吹いてぐったりしていた人間とは思えない動きで床へと叩きつけた。
ガッ と鋭い音と破片、それから粗いコンクリートの上を転がって傷のつく音が響く。
「あっ」
「っ!?」
けれどそこまでだった。
彼は一瞬に力を込め過ぎたのか、まるで糸が切れたかのように私向かって崩れ落ちる。
筋肉質で高身長の彼の脱力した体は重たくて、私ではうまく支えきれずにそのまま一緒に倒れ込んだ。
ここでしっかりと受け止めることができていたならば、もう少し格好がついたのに……
「こん こんな、なんで、っ人に、み、見られ……」
至近距離で見る彼の顔は、精液に塗れて真っ青だと言うのにそれでも美しくあった。
「いつっ……誰に、見られるか……」
震える彼を励ましたくてその肩をぽんぽんと叩く。
「ちゃんとロックもかけてあるから」
「そん それだけじゃ……ネットに流れたらっけし、消して……」
「これはネットに繋がってないから大丈夫だよ。君の艶姿を他の人間の目に触れさせるなんてこと、するわけがないだろう?これは私達が記念日を振り返るためにだけあるものなんだ」
『あ゛ お、おち〇ぽさ、ま、に゛っおま〇こっざこおま〇こ、ぐ、ぐちょぐちょに、にっぁ゛っおか、おかさ っだ、タネっつけっ さ、され、あ゛ぁ゛っ!』
屋上に吹く風の音をかき消すように上がった自分の声に、彼はぶるぶると震えて耳を押さえる。
ばちゅばちゅと嬌声を追いかけるようにして響く湿った水音が早くなるにつれて、彼の目は昏い淵を覗き込むような色味を増して行った。
ふぅ と吐いた煙が換気扇に吸い込まれて行くのを眺めて、ぼんやりと颯はいつまで耐えるのだろうかと思う。
私は彼を傷つけたいわけでも絶望させたいわけでもなくて、αとは結局そう言う生き物なのだと証明して欲しいだけなのだ。
どんなに格好をつけて金に輝くような魅力的な言葉を連ねたとしても、結局ただの人なのだと教えて欲しいだけなのに。
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