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乞い願い慕い犯す 36

 何か言いたいこともあるだろうに、彼はぐっと唇を引き結んだまま器具の入った箱を持ち上げて準備室へと入って行く。 「あの……先生……」  他の生徒が退室して、颯も行ってしまったのを見計らって杠葉がそろりと声をかけてくる。  いつも縋っている颯がいないからか、杠葉は酷く怯えているように見えた。 「どうした?」 「……は、颯にさせている雑用を、僕がします から  」  ちらちらと視線が準備室に向いては、悲しげに眉尻が下がっていく。 「今からでも、代わってもいいですか?」 「……」 「も、元は、僕があんな馬鹿なことを考えなければ……」  小さい肩は……どうだろうか?αならば抱き締めてやりたいと、守ってやりたいと思うのかもしれなかったけれど、Ωのしたたかさを知っている私からしてみれば、頼りなく思えて仕方がないくらいしか思うことはない。 「僕のしでかしたことは僕が償うべきです」 「杠葉の家庭の事情は知っている。あの時、どれほど追い詰められていたかも。しようとしたことは悪いことだけれど、それ程追い詰められていた君に気づかなかったのは教師の落ち度だ。だから手伝いをする代わりに不問にすると言うことで話はついたね?」 「でも、それなら余計、僕がするべきなのに……」  とんとん と杠葉の頭を叩いて溜め息を吐く。 「君はバイトで忙しいでしょう」 「  っ、でも  」 「そんな君を支えたくて堂本は代わりに手伝ってくれているんだから、甘えておきなさい」  そう言うと、準備室の方に視線が動いてきゅっと唇を噛み締めたのがわかった。  昼休みに流される音楽は生徒達のリクエストだ。  それが流れ始めたのを聞きながら、カチャン カチャン と小さくガラスの触れ合う音がする準備室へ入る。  そこでは彼が丁寧な手つきでビーカーを棚に戻しているところだった。 「ああ、助かったよ」  そう告げてデスクの椅子に腰を下ろし、昼食代わりに買っておいたゼリー飲料を取り出す。 「終わりました」 「ありがとう、君も教室に戻って昼を食べなさい」  きぃっと音をさせながら振り返ると、彼はぽかんとした表情のまま立ち尽くしている。 「どうした?」 「 っ、や、別に、  」  制服を掴んでいた手に力が籠り、皺が寄るのが見て取れた。 「ほ、他に……用は  」 「いや、ないよ」  そう言ってゼリー飲料に手を伸ばすと、彼の拳が震えて…… 「どうした?」  問いかけながら立ち上がると彼の肩が大袈裟なほど跳ね上がり、視線が彷徨うようにデスクの辺りを見る。 「なに、なにも……」  「なにも?」と同じ言葉で尋ね返しながら近づくと、彼は逃げるように一歩下がった。  けれどその背後は先程まで片付けていたビーカーが収められている棚があり、それ以上は下がることを許さない。 「手を退けて」 「え……」 「手を、退けるんだ」    

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