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乞い願い慕い犯す 41

「屈辱だろう?」 「…………」  わずかに舌が跳ねただけで、彼は反応らしい反応をしない。 「杠葉を庇わなければこんな目に遭うこともないんだぞ?」  柔らかい彼の髪を梳き、頬に貼りついた髪を耳にそっとかけてやる。  諭すように言ってみたけれど、彼の目に迷いは見えなかった。  真っ直ぐに私を睨み上げてくる目には「否」の感情しか見えない。 「……俺は、杠葉を守ると言いました。杠葉の代わりになるってことも」  私の精液で汚れた口ではっきりとそう返す彼は、今まで出会ったどのαよりも気高く見えた。 「君を裏切ったオメガなのに?」 「それだけ追い詰められていたのに、俺が気づけなかったってだけです」 「…………」 「それに、未遂です」 「たまたま何回か行った内の一回が見つかったのかもしれない」 「いいえ」  はっきりと返す彼の目は真っ直ぐに私を見てぶれることはない。 「思い悩んだ末、つい魔が差したと杠葉が言っていました」 「…………」 「番になるオメガの言葉を、俺は信じます」  更に言葉を言い募ることは簡単だった。  けれど、彼の真摯な眼差しを曇らせることをしたくなくて……  それは寝る前のルーティンだ。  仕事用の鞄から二つ目の携帯電話を取り出そうとして指先に何も触れないことに気が付いた。 「…………」  表面に傷のある携帯電話を、確かにこの鞄のチャックつきのポケットにしまい込んだのは確かで、この場所以外には置かないようにしている。 「…………」  最後に確認したのは彼との情事の後片付けをした時だった。  以降、携帯電話を触ることもなければ、鞄をひっくり返したこともない。  家にたどり着いてからこの時間まで取り出すこともないそれが、勝手に鞄の中から消えるはずがなかった。    つまり、ここになければ…… 「…………」  ルーティンが行われなかった座りの悪さに顔をしかめるしかできなかった。  昨日と同じ四時間目の授業終わりに、箱に入った器具を指差して颯にそれを運ぶように指示を出す。  彼は一瞬警戒するような顔をしたけれど、昨日のことがあるからか口を引き結んだまま素直に頷いて返した。  先に準備室に入り、カツカツと机を叩きながら待っていると生徒達の声が消えたのを合図に準備室の扉が開かれる。  こちらを見るのは、やはり揺らぐことのない真っ直ぐな目だ。 「時間がないので手短に聞くけれど、昨日、持って行ったかな?」  そう問いかけると彼はポケットからハンカチに包んだものを投げて寄越した。  足元でごとん と鈍い音をさせて、今度は滑ることなく無残な姿を目の前に晒す。 「…………」  驚きは、無かった。

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