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晴と雨の××× 3

 眉尻を落として覗き込まれて初めてそこで目が回っているのだと気が付いた。 「あ……えと……」  よた と壁に倒れ込むと度のきつい眼鏡が滑り落ちてカシャンと音を響かせる。 「拾いますね」 「ありがとう……ございます」 「わ、随分と度がきついんですね」 「小さい頃から目が悪くて……コンタクトは合わなかったから」  はは と苦笑交じりの声を上げて、阿川の手から眼鏡を受け取ってかけると、馴染んだ感触にほっとする自分がいた。  面倒で邪魔っけだと思いつつも、これがなければ生活できないほど困るし、この重さがなければ落ち着かなくなっているみたいだ。 「もう大丈夫です」  そう言うも、阿川は疑ってそうな表情だった。 「……そうですね、もうすぐ着きますから、そこまで頑張ってください」  申し訳なさそうに言うと、阿川はまた歩き出して三つの曲がり角を曲がったところで振り返る。  「どうぞ」と扉を開けてくれたけれど、他にも幾つかあるドアとなんの変化も目印もないために、そこに入るのに一瞬躊躇した。 「  ────ああ、いらっしゃい」  俺の戸惑いなんてなんてことないように、中から声をかけられて逃げられなくなった。  仕方なく促されて中に入ると、狭い……いや、本当なら広い部屋だろうに資料が溢れかえっているために狭く見える部屋で一人の男性が椅子をきぃきぃと言わせながら笑っている。  胡散臭い笑みだな って、ちょっとここに来たことを後悔した。 「直接会うのは初めてだね、瀬能と言います。ここでバース性の研究をしています」 「……はい」  警戒が前面に出てしまった声音で返事をすると、苦笑交じりに椅子を勧められた。 「いや、この度はこちらの話を聞いて貰えて有難い」 「はぁ」 「ご両親は本日は?」 「仕事で来れませんでした」  そう言うと瀬能はちょっとだけ困った様子を見せて、阿川に水を出すようにと指示を出す。  まだ微かに眩暈の残っていた俺は、阿川が出してくれたコップを受け取って、気持ちの悪さを洗い流せるんじゃないかって期待を込めてそれを飲み込んだ。 「君のことについて、ご両親にもお話をしたかったのだけれど……」 「後で自分から説明しておきます」  俺の返事がつんけんしたように聞こえたのか、瀬能の眉尻が下がる。 「あ、いえ、悪い話ではなくて、自分のことは自分で考えて行動するようにと言われているので」  よく言えば自主性を重んじている。  まぁ、悪く言えば放任って言う教育方針だ。 「そう、そうかー……じゃあ、君にここに来て貰ったことの説明から始めようか」

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