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晴と雨の××× 29
なのにどうしてか、阿川はごくりと唾を飲み込んで懸命に返事を考えている様子だった。
「俺、そんな変なこと言いました?」
「いえっ……そうじゃなくて、できるだけ今まで通りの日常を送ってもらいたいと言う意向があるので」
「?」
「ですのでガードもあえて林原さんの目に入らないようにさせてもらっているんです」
「……それ は……どうしてです?」
「え⁉えっと、それは、それで、その、ですね」
しどろもどろの阿川の言葉は的を射ない。
「言えないなら言えないって言って貰って大丈夫ですよ?」
「た……助かります……」
阿川は首が繋がったとばかりに苦笑し、何か必要なものや事柄がないかを確認してから帰って行った。
部屋に入った時には阿川がいたために感じなかったが、改めて部屋を振り返るとがらんとして寒々しい。
気が乗らなくて引っ越し荷物がまだそのままと言うこともあるんだろう、段ボールの目立つ部屋は無機質で温かみがない。
帰る度にそう思うのだから、家に帰るのが億劫になると言うものだ。
「 あ、晩飯でも一緒にって言えば良かったのか」
ぶら下げたままのスーパーの弁当を見下ろし、ついさっき阿川が帰って行った玄関を見る。
今なら、まだエレベーターを待っているかもしれないと、ふと思ってしまった。
阿川には阿川の生活があるだろうし、敬語でしか話せない相手と夕飯を一緒にと言われても困るかもしれなかったけれど、それでもこの部屋で一人食事をすることに抵抗を感じてしまって……
「阿川さ 」
ぱっと玄関を出て左手の突き当りにあるエレベーターの方を見ると、表示ランプが降り始めたばかりだった。
一瞬迷ったものの、階段で駆け下りれば間に合うかもしれない。
「 っ」
ぱっと駆け出し、繰り返し折れ曲がる階段を一気に駆け降りる。
昇るなら無理だっただろうけれど、息は切れたけれどなんとか一階にまでたどり着くことができた。
ガランとしたエントランスに阿川の姿はなく、間に合わなかったのかと弾む息を整えながらマンションの外へと出て左右を見渡す。
道の遠くの方に阿川らしき姿を見つけたけれど、走っているのかその姿はドンドン遠ざかっていく。
「ぁ、あー……間に合わなかったか」
みるみるうちに消えてしまった背中を見送り、しかたないかと肩をすくめる。
もともと思いつきで行動したことなのだからうまくいかないのも同然だ と、踵を返して部屋へと戻ろうとした瞬間、ぐいっと腕を引っ張られてバランスが崩れた。
「え? ────わっ」
よた とどこかに縋ることもできなくて、崩れたバランスを立て直すことができずに倒れ込む。
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