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晴と雨の××× 37
けれどそれは二人の向こう側にあって……
どうにもできない状況におろおろとしたのが伝わったのか、スズメがさっと手を伸ばして胸元を掴み上げてきた。
俺よりも背の高いスズメに掴まれると、どうしてもつま先立ちにならなくてはならず、不安定なバランスにすくみ上る。
「馬鹿なことを考えるなよ?」
「…………ひ……」
わかった と返事でもすればよかったのだろうけれど、喉から出た声は掠れた悲鳴に近い一音だけだった。
射すくめるような眼力の力強さはこの男がただの民間人でないことを俺に教える。
バカみたいに震え出した体ではこの二人を振り切って逃げだすなんて夢のまた夢だ。
「……っ」
崩れ落ちそうになるのを必死にこらえながら、スズメの無言の促しに従って部屋を出る。
ガランとした剥き出しの壁材だけが続く廊下は、天井にぽっかりと穴が開いているだけで明かりはなかった。
窓からの明かりと言っても頼りない月明かりばかりで、暗い中を黙々と歩く自分は本当はもうとっくに死んでしまっているんじゃないかって、そんな気分になる。
実は死んでいて、この二人は死神なんだ と自嘲気味に考えながら、ぎりぎりの精神を奮い立たせる。
今晩……は無理でも、明日登校の時間にならなければさすがにおかしいと気づかれるだろう。
「……その時に……どうなってるかわからないけど……」
二人に届かないように呟いた言葉に自分で傷つく。
聞こえてきた話だけで楽観視するなら、すぐに殺されたりはしないだろうけれど……
誘拐のタイムリミットって何時間だったかな? って思いもしたが、そもそも身代金目的でないのならそれも無駄な話だった。
「 ああ、いらしてたんですか」
スズメがそう暗闇の向こうに声をかける。
怪訝な顔で視線を向けると、一人の男がこちらに向かって歩いてくるところだった。
まるでモデルのような と言うのが一番の感想で、むしろそれ以外の印象を抱かないのではないかと思わせるような、美しい容姿の男だ。
良くわからない言葉を呟いている先生や訳アリのスズメと接点があるような人間には見えなかった。
柔らかに波打つ髪の間から綺麗なアーモンド形の瞳を覗かせると、俺の頭から爪先まで満遍なく眺めては意味ありげな笑みを浮かべる。
値踏みされたような気がして、思わずぎゅっと体を縮めて少しでも逃げようとしてみた。
「はは」
俺の行動を見て破顔したその顔に既視感を覚えて、もしかして芸能人か誰かなのかもしれないと改めてその男を睨みつけた。
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