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晴と雨の××× 39

 防音幕に遮られたそこは外に出てもどこか異空間めいて、妙に響く頭上の風の音に怯えるように身をすくませる。 「急げ」  思わず立ち止まった俺の腕をスズメがぐいと引っ張ったせいで、つんのめって転がりそうになった。 「  っ」 「もたもたするな」  ぐいぐいと引っ張られて、崩れかけたバランスは更に崩れて……  堪え切れなくなって膝を突いた俺に、小さく舌打ちが響く。  引っ張るから転んだと言うのに、  打ち付けた膝が痛いと言うのに、  舌打ちまでされて、その理不尽さにぐっと唇を噛んだ。 「もう!止めてよ。傷だらけの子なんて連れ歩きたくないんだから」 「わっ」  獅子王にスズメとは違う力強さで引っ張り上げられ、ぽかんとその横顔を見上げた。  シャープな印象の横顔は大人びていて、華やかで別世界の人間のように思える。  日本人にしては茶色い瞳がこちらを見下ろして…… 「見てないで歩きなよ。何度も助けてなんてあげないからね」 「あ……ご、ごめ……」 「びくびくしないでくれる?これから当分一緒にいるのに」 「……?」  なんの話だろうと言う顔をしても答えは貰えないのはわかっている。  それでも、問いかけなければ何もわからないままだと「どう言うこと?」と言葉を漏らす。 「……こう言うこと」  歩みを止めないまま、獅子王は俺の鼻先で手を振って見せた。  蝶々の真似かとでも言うような動きだったけれど、それにしては片手だけだ。  何をしているのかと窺ってみるけれど、獅子王は俺の反応を見て片方の眉を上げて肩をすくめただけだった。 「おい!臭い!」  前を行く先生が振り返ってイライラとした様子で怒鳴り上げる。  突然そんなことを言い出されても、俺には特に何かが匂ってきている感じはしない。  また何か言い出すんだろうかとはらはらしていると、訳のわからないことをぶつぶつ言いながらこちらへと早足で戻ってくる。 「わっ先生!落ち着いてよ」  また俺に突っかかってくるのかと思っていると、俺を通り越して獅子王の方へとぐいと顔を寄せた。   「オメガ臭い!お前だろう!お前のような尻を振るしかできない存在がそうやって臭いをまき散らすから、我々のような善良なアルファが迷惑を被るんだ!お前らなんか辛うじて生かされているだけなんだからな!」 「先生、僕はベータですって」  また先程のように獅子王がひらひらと手を振ると、先生ははっとした顔をして萎れるように項垂れる。 「ね?オメガの臭いじゃないでしょう?」 「……あ……ああ……でも確かに、今、確かに……」  ぶつぶつと呟く姿はもう先程までの激情の雰囲気はない。      

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