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この恋が不幸だと、貴方は思いますか?4
彼の隣にいるだけで鼓動が弾む。
深く刻まれた皺の一つ一つに宿る物語を聞きたいと思う。
それだけで僕は幸せで……
この恋は不幸だと、貴方は言うだろうけれど。
節くれた指に自分の指を絡ませて、共に同じ景色と時間を共有しているだけで幸せだ。
なのに、僕のΩとしての根本的な部分が彼のものになりたいのだと声を上げる。
彼のものになって、
彼に項を噛まれて、
彼の番になって、
彼に縛られたい と。
暖かくなってきた気温のせいだけじゃない体温の高まりに、勇気を出して彼の家に行きたいと告げた。
それが、彼を困らせるのだと承知していたのに、それでも、わずかでも、その可能性に賭けてみたくて……
だから彼がとても申し訳なさそうな表情を浮かべた時、自分が言ってはならないことを言ってしまったのだと理解した。
困ったようにこちらを見て、曖昧な表情で言葉を探す彼に申し訳なくなる。
「 ごめ な、さい」
僕の手は羞恥で熱いのに、彼の手は相変わらずひやりと冷たい。
「いや……その、 」
言葉を選んでいるために開く間に耐えられなくなって、僕は消え入りたい気持ちを抱えて彼の前から消えようとした。
「待って、ま っ」
とっさに動くことの難しい彼は、手を振り払って立ち上がった僕を追いかけようとしてうまく動くことができなかった。
カランと杖が投げ出されて、ベンチの下へとうずくまるようにして倒れ込む。
「う……っ」
強かに膝を打ったのか、呻くような声を上げて……
「⁉ ごめ……ごめんなさい!」
慌てて駆け寄って彼の体を支える。
僕よりも大きいと思っていた体は思いの外軽くて、自分の失態に乾いた苦笑を漏らす彼はずいぶんと小さく見えた。
黄緑色の柔らかな葉がぴんと背筋を伸ばすように広がり、日の光を浴びて深い深い緑色へと姿を変える頃、彼は一言だけ尋ねてきた。
「抱き締めさせてはもらえないだろうか?」
いつもはひやりとしている彼の指先が熱くて、照れくささを隠すような表情の中にある懇願を感じて僕はただ小さくこくりと頷いて返す。
僕を引き寄せられるほど力強くない彼の腕に促されるように、そっと体重を預けるとごつりと硬い骨が当たる感触がした。
かさりとした肌の感触が項を撫でて……
「 ────噛んでください」
そんなことを言ったって意味がないと言うことも、僕の言葉が彼をどれほど困らせるかなんてことも十分承知だったのに、抱き締めてくる彼の熱に促されるようにそう言葉が漏れた。
返事はなくて……
春の気配を捨て去った初夏の雰囲気の混じる風だけが騒がしく音を立てる。
「 ……」
髪を弄る風に言葉は聞こえなかったけれど、かさついた彼の唇が項に触れたのは確かだった。
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