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この恋が不幸だと、貴方は思いますか?5
視線の先にはなんてことがないただのありきたりな景色が広がる。
彼はそれを見て、どこにでもある風景だ と感じたことに驚いて目を瞬いた。
運命に出会う前は、ただの背景だった。
彼と出会ってからはキラキラとした素敵な光景で、
そして今では生命みなぎる初夏の姿なのに、どうしてだか陰鬱な冬の景色に見えて、しかめるように顔を歪ませる。
暑いとも言える時期なのに、どうしてだか胸の内がぽっかりと寒く思えて、彼はベンチから立ち上がって日差しの元に歩み出た。
いつも彼が来る方へ視線を向け、誰も来ないのを確認してからまたふらふらとベンチに戻る。
それを幾度繰り返したか……
その度に彼の胸の内に冷たい澱が降り積もって行く。
「用事……でも、できたのかな……」
自分自身を慰めるために呟いた言葉は虚しく、そしてそれを肯定してくれる人は誰もいなかった。
眩しそうに光に満ちた世界を眺めていると言うのに、彼の瞳に太陽の光は届かない。
「 」
幾度も繰り返した、彼のやってくる方向を見詰めると言う行為ももう癖となってしまっていた。
彼を待ちわびても、その姿はちらともせず……
熱い空気の中で汗ばんでいると言うのに、重苦しい胸の内で凍えそうな気分に幾度も首を振る。
「……僕が、噛んで なんて、無茶を言ったから?」
嫌われてしまったのだろうかと、あの日の軽率な自分の行動を思い出して唇を噛む。
「なんで……どうして……」
彼を責めたくなくて、考えないようにしていた事柄がいつの間にか忍び寄っていたらしい、嫌われたのか、それとも飽きたのか、そんなことを思うとじわりと視界が滲んで行く。
逃げ水に巻き込まれたかのように歪む視界に顔を上げ続けることができず、頭を抱えるようにして突っ伏する。
「 どうして?」
出会った瞬間に感じた至福感を思い出し、そして今の空虚さに打ちのめされる。
彼が触れてくれた手と、そして項に残る熱を探すもとっくに霧散したそれは手繰り寄せようもなく……
「 あの」
かけられた声にはっと顔を上げると、見知らぬ男性が見下ろしている。
知った顔ではない……と思うと同時に、自分の行動がどれほど周りには奇怪に見えたのかに思い至り、慌てて立ち上がってベンチを譲った。
「すみませんっ……どうぞ、僕はもう行きますので」
鼻声にならなかっただろうか?
涙は拭えていただろうか?
そんなことを考えながら立ち去ろうとしたところで、また声をかけられた。
「伝言を、預かってきました」
誰からとは言ってはいなかったのに、その短い言葉は雄弁だった。
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