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この恋が不幸だと、貴方は思いますか?7
「僕らの出会いはっ……不運でも、不幸でもないっ!」
喚いた言葉はひび割れて、酷く不愉快だったのか彼の鼻に皺が寄る。
「貴男はっこの恋が っ」
悲鳴のように上がった声に暴かれるように、彼の表情が更に歪んで苦悩を映す。
「私は、貴方達の恋が、不幸だと思います」
「不幸なんかじゃないっ」
食いしばった歯の間から呻くように言葉が漏れ、それを聞いた彼は引き結んだ唇にさらに強く力を込めた。
傍から見れば、まるで喧嘩でもしているかのような雰囲気が限界まで引き絞られて……
「 ────不幸です」
彼の呟く声で破られる。
「出会わなければ、貴男は悲しむことはなかった。泣くこともなかったでしょう」
そう言って差し出されたハンカチを見て、初めて子供のように涙を流していたことに気づき、慌てて袖口で乱暴に拭う。
けれど、それくらいではどうしようもないほど頬を濡らす涙は後から後から溢れ出て……
「 それっでもっ……僕はっ僕は彼の番だからっ」
伸ばされた手の先に噛み痕はない。
二人の絆を知らしめる歯の痕がついているはずがないのは、良くわかっていたはずなのに。
わずかに触れたあの唇の感触の記憶に縋るように、「番だっ」と繰り返す。
「貴男方は出会うべきではなかった」
「違う!出会うべくして出会ったんだ!」
ただ、ただただ、このベンチに座って手を繋いだだけだ。
唯一、一度だけ抱き締められて……触れられた、それだけの関係。
「僕達は……運命だから……」
引き離さないで と譫言のように呟く。
「どちらにせよ、大伯父はもう来ません」
「 ────っ」
「伝言はお伝えしました」
縋る手に投げつけられた言葉は冷たく、硬く、そして呟く願いを拒絶していた。
初夏の風の中に靴音が去って行く音が混じって……
涙で揺れた視界を上げた先の彼の背中は、まるで幻かのように霞んで見えた。
生命力の塊のような深い緑の葉を生い茂らせて日差しを遮っていた木が、徐々に精彩を欠いていく。
そこに滲むのは明らかな生命の斜陽で……
「 」
葉先に茶色い部分を見つけて項垂れた。
日向は暑いけれど、日陰は風が吹くと仄かに肌寒く感じる。
「 ……っ」
ベンチの隣の席はずっと空席で、そこに誰かが座ることはなかった。
又甥の彼が言うように、面倒になったのだろう……
杖で体を支えながら休み休みこちらに来る彼を思い出して申し訳ない気持ちになるも、こちらを見て嬉し気に目尻に皺を寄せる姿に、そこまで負担になっていると言う思いを抱けなかった。
「 っご、め 」
この声が彼に届くことはないのだけれど、謝罪の思いがわずかでも彼の元に届けばと心を込めて口に出す。
「ごめんなさい ────それでも、僕は貴男のことが 」
最後の言葉は歯を食いしばったために声に出ることはなかった。
END.
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