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雪虫3 2
「……しずる?」
名を呼ばれた気がしたけれど、腫れあがった顔のせいか、それとも見た目にわからない何かをされているのか、みなわの口調はもごもごと淀んで聞き取り辛かった。
それに応えていいものかどうなのか判断しかねていると、瀬能がオレの背中をくぃっと押す。
大神の射るような視線に晒されながら……
歩み出て目の前で見たみなわは、オレが思っている以上にひどい状態だった。
傷のないところなんてないんじゃないかってくらいで、その状態で少しの緩みもないようにしっかり拘束されている。
そして、腕からは点滴が一つ繋がれていて、チグハグとした奇妙な雰囲気を滲ませていた。
「 っ」
傷口から目をさっと背けたけれど、大神に顎をしゃくられてしぶしぶそちらへと向く。
「…………なんで、あんなことしたんだ?」
問いかけはシンプルだ。
みなわはわずかに腫れあがって血の滲む口を開きかけたが、声を出さないまま閉じてしまった。
「自分の立ち位置が危ないものだって、分かってただろ?」
「 ぅ」
「……雪虫を誘拐されて、正直……すごく腹が立ってる」
いや、腹が立ってる なんて言葉じゃない。
自分の番を危険に晒されて、怒らないαなんているのか?
幸い取り戻すことができたけれど、あのまま連れ去られていたら?
もし、雪虫の身に何かあったら?
今この瞬間、オレはみなわを殺しているだろう。
満身創痍の状態に同情なんてせず、きっと殴り殺してる、それもこれ以上ないってひどいやり方で。
「 どうして雪虫を攫ったんだ?」
短い問いかけにまた小さく呻き声が上がると、瀬能がさっと近づいてみなわの口元で何かをしているのが見えた。
瀬能が離れると同時に小さな咳き込みが響いて、「しずる」と嗄れた声がオレを呼ぶ。
「大神さんを襲うならまだわかる」
でも、どうして雪虫なんだ?
「……しずる 」
呻く声はそれだけで、オレの問いに答える気配はない。
明るいとは言え部屋の隅は薄暗くて、なのに光源は目が眩みそうなほど明るい。
暗い部分と明るい部分の差が酷すぎて眩暈を起こしそうなこの空間は、堪らなく居心地が悪くてオレはイライラとして「聞いてるだろ?」って強い言葉を漏らした。
「お前を殴るより、こっちを痛めつけた方が効果的なようだ」
「へ?」と大神に問いかけようとした瞬間、ざっと視界が揺れて骨に響くがつんと鋭い痛みがこめかみを襲う。
思わず浮いた爪先とバランスが取れなくて傾いだ体と……
大神に殴られたんだって理解できたのは、コンクリートむき出しの素っ気ない床に叩きつけられてからだった。
「あ……?え?……ぉ、がみさ……なんで っ」
ぐらぐら と揺れた視界に戸惑っていると、ぱたぱたと変な音がして視界に赤い水溜まりができる。
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