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雪虫3 10
睨み返してみるけれど、オレの睨みが効かないことはとっくにわかっている。
けれど、大神の言葉は……まるで、オレが何でもいいと言っているようで……
「オレはっ 」
厳めしい表情と、鋭利な刃物を思わせる視線に怯んで言葉が詰まる。
口の中に血糊を仕込んで、自白のために一芝居……なんて映画のようなことに少し浮足立っていたはずなのに、今は嫌な動悸で冷や汗が止まらない。
ジジィたちにはさんざん迷惑をかけられて、精子を売っぱらわれたりもしたけれど、それでもなんだかんだと水に流せたのは親だからだ。
酷い親だ と言い切ることができるようなジジィたちだったけど、幼い頃は大切にされていた思い出もあって……
ばっさりと切り捨てるにはわずかな情があって、それは親子だからだと思っていた。
「自分が何者か決めるのは自分でしかないだろう」
硬質な……
叩けばキン と音がするんじゃないかって思う大神の声にやはり返事は返せない。
他人事のように突き放した言葉に拒絶を感じて、先ほどまで褒められて嬉しいと思っていた思いもしぼんでいった。
「こんな時間までここに居ていいのかい?」
食堂にぽつんと座るオレの隣に、瀬能が湯気の立つカップを二つ持って腰を下ろす。
深夜に近いせいで誰も利用者のいない食堂は、瀬能の椅子を引く音ですら大きく響いて、思わず肩をすくめる。
「……アパートに戻ったら、独りだから」
オレはαだから、本当ならこんな時間まで研究所にいてはいけないはずなんだけど、警備員が来なかったことを思うと、瀬能が一言添えてくれたんだと思う。
「ここでもぽつんとしてるのに?」
「……ここは、雪虫の匂いもするから」
そう言うと瀬能はぱちりと目を瞬かせる。
毎日何人もの人間が食堂にくるのだから、その中から番の匂いを探し当てることができるなんて、思いもしないんだろう。
驚いてる様子の瀬能に肩をすくめて見せる。
「オレ、鼻がいいんで」
「……そう。まぁまたそれは後々聞かせて貰うとして、これでも飲みなよ。人間空腹だと悪い考えばかりになっちゃうからね」
差し出されたカップの中には柔らかな湯気を上げる牛乳が入っている。
なんだか子供扱いされているような気がしてならなかったけれど、瀬能からしてみればオレは確かに子供なんだろう。
「……いただきます」
甘い香りのするそれは蜂蜜が入っているからか、飲み込むとじわりと熱が体に広がる感覚がする。
「先生」
「うん?なんだい?」
同じホットミルクを飲みながら、瀬能は首を傾げた。
「親子鑑定 って、できるんかな?」
ぽつんと問いかけるオレに、瀬能は首を傾げる。
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