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雪虫3 16
「そ か 無事なんやな?よかった 」
ぽたぽたと足元に落ちる涙を気まずく見ながら、まずは自分の身を顧みればいいのに と思う。
誰が見ても痛々しいと思える姿をしているのに……
居た堪れない気持ちを抱えているオレを放り出しておいて、瀬能はパイプ椅子をみなわの前において腰を下ろした。
「じゃあ、君のことと彼のことを話してもらえるかな?」
「……うちは、影楼で働いている 」
「あ、そこはいいよ。本名からね」
「 本名は、鷲見……若葉」
「鷲見?」
心当たりでもあったのか、瀬能は小さく繰り返した。
みなわと言う名前が外れて、源氏名じゃない名前を聞いた途端、目の前の人物がぐっと身近になったような気がして、そわそわと落ち着かない気分になる。
「彼の名前は?」
「和歌……仙内、和歌」
「出会いは?」
「高校の時、隣に引っ越してきて」
「社会人?」
「 大学生って、聞いたけど、どこの学校かは 」
「そんな話しないの?」
「……そんなん、せんかった」
「しずる君を産んだのは?」
「 十八の時」
オレじゃない って言葉を挟みたかったけれど、瀬能の雰囲気がそれを制止する。
「随分と若いね。父親は?」
「あ、和歌に決まってるやろっ」
怒鳴り返されて、瀬能は苦笑しながら「そうだね」と肩をすくめた。
そんなやり取りを後ろで見ながら、このやり取りになんの意味があるのかわからず、そわそわと体を揺する。
「そんなに興奮すると、体に悪いよ?」
「っ……ホンマ、腹の立つっ」
「ははは。それで?どうして君はしずる君を手放したのかな?」
「っ!」
瀬能の言葉を聞いたみなわが息を飲むのがわかった。
ぶるぶると震える唇はうまく動かないようだったがその形は明らかに怒りを表わしていて……
「────っお前らがっ!実験に使うために連れて行ったんやろっ」
絶叫に近い声はひび割れて鼓膜に刺さりそうなほどに鋭く、瀬能の背後にいるオレですらびくりと怯んでしまった。
それを真正面に受けた瀬能は、ほんのわずかに肩を揺らした後、「それで?」と続きを促す。
「それ それで⁉うちはっやっとしずるを見つけて……探して、探して……やっと……」
「よく見つけることができたね」
「やって、あえかもずっと探してくれて 」
血のこびりついた唇が震えて、震えて……
この人がどれだけ自分の子供を探していたのかを物語る。
「風俗に勤めているのも、もしかして情報収集のためかい?」
「 っ、その方が……裏からの情報も手に入るって 」
「彼が言ったから?」
「 」
「影楼も彼の紹介?」
みなわは小さく頷いて見せる。
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