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雪虫3 17
「嘘だ」の言葉をとっさに飲み込んだために、喉元がぎゅっと締まったような感じがした。
「いつから?」
「……しずるを産んで、……体が回復してすぐ」
「じゃあ、仙内はどうしていたのかな?」
「どう……?」
「君が体を張って情報を得ていた間。彼は何をしていたのかな?」
「……」
一瞬開きかけた口を閉ざしたみなわに対して、瀬能は軽く首を傾げながら立ち上がる。
何事か と思った瞬間、どっと喉元に衝撃を感じてよろめいた。
太い、男らしい手が喉を締め上げる。
何が起こったのか理解する前に、「やめて!」と甲高い悲鳴が遠くの方で響く。
「あ゛……」
熱い指先が、的確に血管を探り当ててくる恐怖に声が漏れるけれど、力が緩む気配はない。
大神のように力に任せた締めつけでないそれは……
「ぃ、ゃ め 」
「大神くんからは君をどうしてもいいって許可を貰ってるんだよ」
「知らんのや!」
頭の中がわんわんと自分の鼓動の音だけで満たされて、何も聞こえない状態を裂くようにみなわの声が上がる。
「和歌が何をしとったんか知らんっ!」
「知らない?」
瀬能が手を離すと、急に息も血流も流れ始めたせいか視界が回ってその場にへたり込んだ。
そんなオレを気遣うみなわの声が聞こえるけれど、ばくばくと激しく鳴る心臓のせいで答えられずにいた。
「どうして?」
「聞けんかったから」
拗ねたような呟きは今にも掻き消えそうで、瀬能は無邪気な子供のように首をこてんと倒してみせる。
「どうして?」
「……連絡が、なかったんや」
「ないって?」
「しずるを探すから って、出て行ってから 」
瀬能は理解できなかったようにもう一度こてんと首を倒した。
「和歌とは 本当に、連絡は、取り合ってなかって……」
「いや、いやいや、そんな馬鹿な話 」
言いかけて瀬能は口を噤んでオレを見る。
きっと、オレも瀬能と同じように奇妙なものを見る目で見ているんだと思う。
「じゃあ君は 」
みなわは十数年、自分を風俗に沈めた男を信じて待ち続けたことになる。
その奇妙さに……瀬能とアイコンタクトで頷き合う。
普通なら、数週間か数か月連絡が途絶えたら捨てられたのだと理解するだろうに……
オレでもわかるその奇妙なと言うか、気持ちの悪さに背中にぞわりとしたものが這う。
「ずっと仙内を待っていた と?」
「当然や 和歌は、うちの運命なんやから!」
そう声を上げた時だけは、こんな状況だと言うのにきらきらと目が光って見えて、その居た堪れなさに思わず視線を逸らした。
「じゃあ、今回のことは?突然連絡してきたってこと?」
瀬能の言葉に、みなわはこくりと頷く。
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