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雪虫3 26
「僕はねぇ……毒だと思う」
「 は?」
唐突に出された思いもよらなかった言葉にぽかんとすると、その顔が余程面白かったのか瀬能はぷっと噴き出してオレに座るように勧めてくる。
「まず、噛み痕が残るって奴なんだけどね、あれ……毒かそれに準ずるようなもので爛れたから残るんじゃないかなって」
「ま、待ってくださいよ、それなら他にもいっぱい残るはずです」
「だから、一度噛まれたら免疫ができるのかな? とか」
「え……じゃあ、オレの歯から毒が出るってことですか?」
思わず歯に指先を添わせ、その先端を触ってぶるりと震える。
「常時出てるものではないのかもしれないね。ヒート時の性交中って条件が付いているのだから、オメガのフェロモンとセックスってことで随分と興奮しているだろうし……極度の興奮状態でのみ分泌されるもの とか」
「興奮なんてしょっちゅうしてますけど」
雪虫の傍にいたら常時ドキドキするし、水谷に稽古をつけて貰っている時は違うドキドキで死にそうだ。
「だから、ヒートのフェロモンにプラスしてセックスなんだって」
「……」
繰り返されて、もじもじと座り直す。
つい先日の雪虫とのアレやコレやは記憶の中でも特に鮮明で……
「その際の興奮はそう簡単に経験できるものじゃないだろう?」
「ま、ぁ。はい、そうですね」
思い出しただけで落ち着かなくなるくらいなのは事実だ。
「番相手のアルファにしかフェロモンを感じ取れなくなるって言うのも、その毒でフェロモンの質が変異してしまうから とか」
「変異?」
「他のアルファには無臭、もしくは異臭に感じる。君に一度嗅がせたことがあるんだけどね」
「え⁉」
とは言え、なんの実験か説明されることの方が珍しいから、どれだと思考を巡らせたところでぴんとは来ない。
ただ、「異臭」の言葉にふと思い当たることがあった。
ここに初めて連れて来られた際に、フェロモンが入っているのだと嗅がされた瓶の中に一つ、目にくると言うか……到底受け入れられないような臭いのものが混じっていた。
何の臭いか分からなかったし、嫌な記憶でしかないから思い出さないようにしていたけれど……
「ツンとくる、やな臭いですか?」
思い出しただけでムズムズするから、ぐいぐいと鼻を擦ってやり過ごす。
「君はそう言ってたね。あれは番持ちのオメガのフェロモンを濃縮したものだよ」
何気に言ってくれるが、ちょっとしたトラウマになるくらい嫌な臭いだった!
「変質してしまったオメガのフェロモンは他のアルファが拾えなくなる、だから項を噛むんだ」
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