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雪虫3 29
「もうっ」
ぺちん と太腿を叩かれてはっとした。
オレの目の前にはぷっくりと頬を膨らませた雪虫の顔があって、それはどこをどう見ても怒り顔だ。
「もういいよっしずるは他のことに夢中なんだっ」
「あっごめっ 本当にごめんっ!ちがっ 」
ぷいっと顔を逸らされてしまうから、慌てて回り込んで顔を覗き込んでも視線は合わない。
オレの方を見ない青い瞳を見ていると、もうそれだけで駄目だった。
胸の内がひんやりとするような恐怖感に冷や汗が噴き出て、冷たくなった指先が震え始める。
いつもは雪虫よりも温かいはずなのに、血の気が引いたせいか雪虫の体が熱く思えて……
「違うんだ、ちょっと、考えてることがあって 」
「…………」
つんと尖らせた唇に一度だけ力を込めてから、雪虫はそろりと視線をオレの方へと戻してくれる。
冬の青さを滲ませたような、しゅわしゅわとしたきらめきが綺麗な瞳がこちらを向いて、オレはやっと息ができる気分になった。
愛らしくて、こじんまりとした顔に手を伸ばして頬を撫でると、膨らんでいたそれからぷしゅ と空気が抜ける。
「ほ かの、人のこと?」
「え⁉」
窺ってくる表情は今にも雨が降り出しそうな空模様に似ていて、オレは慌てて首を振ってみせた。
「ちがっ違う!……違うよ、雪虫のこと以外、考えてないってば」
とは言っても、頭の中身を見せることはできなくて、項垂れてみせるしかない。
「本当なんだって……」
また雪虫の視線がオレを見てないんじゃないかって思うと恐ろしくて、返事を返してくれるまでじっと息を詰める。
「じゃあ、何をかんがえてるの?」
「雪虫に嫌われないかなってことだけ」
「ほかの人に、このあいだみたいなこと、しないでくれたら嫌いにならない」
「うん?この間?」
どこのことだろうと首を傾げた拍子に、雪虫の小さな唇がちゅっとオレの口に一瞬だけ触れて離れる。
「っ⁉」
「ほかの人と、しちゃダメ」
「────っ!あ、当たり前だろっ」
ほんのわずかな間だけだったのに、拾った温もりにかぁっと体が熱くなって心臓が跳ね上がった。
でもそれと同時に、どうして雪虫がそんなことを言い出したのかが不思議で……
「なんでオレが浮気するって思うの?そんな不安になるようなことした?」
「うぅん、でも、セキが大神にそうやってお願いするんだって言ってた」
「??」
「会えないあいだの約束なんだって」
「あー……」
あの顔にあの体格に金も持ってるんだから、誘惑してくる奴は多いだろうってことは理解できる。
セキが不安になるのも当然だとは思うけれど、雪虫の前で安易なことは言って貰いたくないのは本音だ。
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