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雪虫3 30
「オレにそんな暇ないってば」
朝起きて研究所に来て瀬能の雑用をこなしながら勉強して、その合間に雪虫の食事の準備とかの生活の世話をして、更にその合間に大神に呼び出されたり水谷に稽古をつけられたりして……
それに加えてテーブルマナーと楽器か、なんかそんな感じのいろいろを教え込まれて、いっぱいいっぱいだ。
それから走って自分のアパートまで帰り着いたら倒れるように眠って……んでもって朝が始まる。
正直、瀬能や大神がオレに何を覚えさせたいのか……って言うか、オレをナニに仕立て上げたいのかさっぱりだったけれど、それをこなせば十二分に生活していける給料が発生するのだから黙って従うしかない。
胡散臭くて、訳がわからなくて、いろいろ企まれてるんだってわかっているのに何も言えないなんて馬鹿げた生活でも、それでもやって行けてるのはすべてが雪虫のためだってわかっているから。
オレが従っている限り、瀬能たちは雪虫を邪険に扱うことがないんだろうって、肌で感じているからだ。
「しずる、いそがしいもんね」
そう言うと雪虫はちょっと首を傾げるようにしてぽつんと呟く。
幾ら雪虫が保護されている研究所で働いていると言っても、働いている以上は雪虫の傍にはずっといられなくて……寂しい思いをさせてしまっているのは事実だ。
だからって、常に傍にいることなんて夢でしかない。
「オレは、雪虫の傍にずっといたいと思ってる」
「ん……」
「雪虫とずっとこうやってたいし、ずっと触れてたいし、その、オレは 」
もご と口ごもると、きょとんと首を傾げた雪虫が極々自然にちゅっと頬にキスをしてくる。
「────っ! っっ!」
「雪虫も、ずっとこうしてたいよ?」
「ぅっうんっうんっ!オレもっ!オレも……その、雪虫にちゅう したい」
掌にびっしょり汗をかきながらそう言うと、小さなピンク色の唇をつんと尖らせてオレの方へと向けられる。
キス待ちの雰囲気に……
やることをやった番同士なのだからなんの遠慮も障害も無いはずなのに、酷く緊張してしまって両手がぶるぶると震える。
ここは雪虫の個室だし、瀬能と言えどもノックもなしに飛び込んでくることはできない。
邪魔するものは何もないっっ!
力を込めたら折れてしまいそうな肩を、可能な限りそっと抱き寄せてずっと待ってくれている雪虫の唇にちゅっと口づける。
それだけで、甘い と思う。
舌で感じるものではない甘さが舌の根の奥へじわりと広がり、雪虫がオレの唯一の運命なんだって告げるし、確信させる。
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