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雪虫3 37

「し  ずる」 「う、う ん……」  返事はしたものの、みなわの近くに寄るには勇気が必要だった。  人の汗が発する饐えた臭い、それからトイレにも行かせてもらえないんだろう、垂れ流された尿の刺激臭、それから流れた血が腐った腐臭……  それらが交じり合って、みなわからは生きている人間らしい匂いは一切しなかった。 「しず  っ!」  オレを見たみなわがはっと目を見開き、拘束された椅子をガタリと鳴らす。 「それっ!ど うっしたんやっ⁉」  言葉は掠れて聞き取りにくい部分があったけれど、それでもみなわの全身がオレに向けて驚きを表現していた。 「だれ に、なんで……?」  オレを見て震え出すけれど、オレよりもみなわの方が瀕死だと思う。 「お おおが み、か? なんで、全部 話した やん  」 「それは  っ」  そう言おうとして、唇に走った痛みに思わず呻いて身を屈める。  そうすると汚れたコンクリートの床にぽたぽたと鼻血が落ちて、更に呻くようにして慌てて鼻を押さえた。 「なん なんでや⁉ せんせっ!なんでや!なんでしずるにこんなことするんや⁉あんたらが欲しい情報は全部言った!もう何もない!」 「あー。うん、それは別に、もういいんだけどねぇ」  そう言って瀬能はオレの首を掴んでぐぃっと引き上げる。  強い力に引っ張られて顔を上げると、殴られて変形した顔とか切れた瞼とかがはっきり明かりに照らされて、酷い暴力を振るわれたと一目で知らしめて…… 「この子がさぁ、大神くんを怒らせちゃったんだよね」 「……え?」 「君のさ、命乞いをするものだから。はは!」  短く力強い笑いは地下の壁に当たってわんわんと責め立てるように響く。 「なんで  そん……」 「……あん、たが。親だって……言うからだろ」 「しずる?」 「オレの親は、あのロクでもねぇジジィとババァで、子供の精液で金かせごうとするような人で、オレのことなんて何も考えてくれないような、そんな親から産まれたんだって思ってた。親に売られるような、そんな人生なんだって……でも、さ」  元々細い体を骨と皮だけにして、赤黒い傷と血にまみれたみなわを見詰める。  ぼろぼろで、今にも命の火が消えてしまうんじゃないかって思えるような姿なのに、オレのことを見る目はキラキラと光っていた。 「あんたが、オレのことを心配してくれて、こうやって……命を懸けてオレに会いに来てくれて……話したりとか、一緒に温泉行ったりとか、買い物したりとか……すっげぇ、楽しくて。もしかしたら、オレの人生にオレを大事にしてくれる人が雪虫以外にもいるんじゃって思ったら……」  

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