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雪虫3 38

 震える拳をぎゅっと握り締める。 「だから、あんたのことを、逃がして欲しいって」  瀬能にどっと背中を押されて、よろけるようにしてみなわの前で膝を突くと、オレを見詰める両目に涙が盛り上がって今にも決壊しそうだった。  血がこびりついた血色の悪い唇がわなわなと震えて……   「……でも、下っ端の言葉なんて大神さんが聞いてくれるわけなくて  ごめ、ごめん……ごめんなさ……」  ず と鼻を啜ると口の中に金臭い味が広がる。  続きを言わなきゃいけないのに唇の震えでそれもうまく紡げなくて、短い「だ」とか「え」とか取り留めもない音ばかりが漏れた。   「  うちは、もうええんよ、全部覚悟の上で、和歌の話に乗ったんやから」 「よくないっオレはっあ、あんたに……と 父さんに、死んで欲しくなくてっ」 「しずる……いま、なんて ?」 「  っとにかくっ!オレは死んで欲しくないんだっ!」  たったっ と落ちた涙がオレの鼻血と混ざり合って、奇妙な模様を描きながらコンクリートの上で震える。  雫に瞳を滲ませながらみなわは絞り出すように「ごめん」と謝罪を繰り返す。 「ごめんな?しずるには痛い思いばっかりさせて……なんもできんままで……。でもっうちは……うちらはしずるができて、ほんま喜んだんよ?二人で、ボロボロ泣きながら、幸せやって言うて、嬉しいって言うたんよ?それは覚えといてな?」  腕を動かそうとしたのか、わずかに肩が揺れたがそれだけだった。  今のみなわにそれ以上の行動をとることはできず、諦めたように小さく苦笑する。   「しずるは、望まれて生まれてきた子やて、覚えておくんやで」 「せん  っ先生!頼むよ!なんとか……っオレ、ちゃんとモルモットになるから!もう文句も言わないし!何をしてもいいから……」  振り返った先の瀬能は、いつもの胡散臭い笑顔はしていなかった。  すこぶるいい笑顔 と言ってしまえるその表情に、たった今言った言葉を後悔してしまいそうになる。 「────何をしても?」  ふふ と語尾に笑いが混じる。  いつもは貼り付けたような柔和さがあって、それでも人間らしいと思えていたのに……   「僕ねぇ、一応お医者様なんだよ」  コツン と一歩、足音を響かせながらこちらに近寄る。 「だからね、倫理を守らなきゃとは思ってるんだ。一応」 「……いち、お?」  問い返した声は喉に貼り付いて、小さな子供の問いかけのようだ。   「あー……でも、まぁ、ほら、犠牲無くして医学の進歩がないって言うのもちゃんと理解しててね」  胡散臭い笑顔を剥がした先にある笑顔に、背筋に冷たいものが伝う。

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