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雪虫3 42
「邪ななんかですか?」
尋ねろと言われた内容に思わずそう返すと、瀬能は心外そうな顔をして大袈裟に胸に手を当ててみせる。
「純然たるオメガ研究のためだよ」
「……へぇ」
思わず視線が冷たくなるのは、瀬能が恩師の娘に手を出した……なんて話を聞いたことがあったからだ。
好色じじぃが……と言う感情が漏れてしまっていたのか、瀬能は慌てて胸に当てていた手を振った。
「いや、本当にだよ。彼は鷲見の家の人間だからね」
「はぁ?」
鷲見は、確かみなわの名字だったはず。
「僕らバース医の間ではちょっと気になる家系でさぁ、いろいろ調べたかったんだよ。旧家なだけあってガードが硬くてさぁ!」
「……」
そのほくほくとした表情を見ていると……
「もしかして、あの人をどうこうする気はなかったんですか?」
ぱっと浮かんだ言葉が何かを考える前にポロリと飛び出す。
瀬能がこんなに嬉しそうな顔をするって言うことは、みなわはよっぽど調べたかった対象だと言うことで、オレが良心をかなぐり捨てて下手な芝居でみなわを騙す必要もなかったってことだ。
「ええー?」
すっとぼけた笑顔がこちらを向く。
「どうだろうねぇ」
「なんっ……」
「でも、念には念をって言葉もあるし」
「念には って!オレはめっちゃ痛かったんですよ⁉」
「提案したのは君だろ?」
「それは……このままじゃ、みなわは大神さんに殺されるんじゃって 」
しどろもどろに、あまり口に出したくない言葉を出すと瀬能がぷーっと噴き出す。
噴き出す……
噴き出す?
「……もともと、殺す気はなかったってことですか……?」
味の分からなかった肉の柔らかな感触を思い出して思わずその場に崩れ落ちる。
だって!
ヤクザがっ!
裏切った人間をっ!
情報を聞き出した後っ生かしておくなんて思わないじゃないかっ!
「あー、言っとくけど大神くんはヤクザじゃないからね」
ちっちっち と目の前で人差し指を振られても頭になんか入ってくるわけない。
結局オレは殴られ損だったってこと……だ。
名前の代わりにシャボン玉のシールの貼られた病室の戸を叩こうとして手を止めた。
中から聞こえてくるのは話し声……だけれど、
「────っ!」
大きく上がった叫び声に、マナーも忘れて病室の戸を叩きつけるようにして開けた。
がらんとした一人部屋にベッドが一つ、その上に身を起こしているみなわと、そんなみなわに腕を伸ばす男が目に入る。
どう言う状況かなんて考える前に駆け寄って男の腕を掴んだ。
「何してるんですかっ!」
怒鳴り上げたオレの声に、掴んだ細い腕がびくりと跳ねて……
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