534 / 714

狼と少年 2

 大神がそんなことでは怒らないと理解しているからこそできることで、呆れながらも自分のすることを許してくれると信じているからだ。 「今回の相手は  」  「   っ」  ガタ と大神の椅子が音を立てた。  続きを言う間もなくデスクの向こうから腕を引っ張られ、セキは派手な音を立てながら飴色の天板の上へと引き摺り上げられる。  先ほどまで大神が厳めしい顔で見ていた書類が散らばり、皺を深く刻んでデスクの端に追いやられてしまう。 「ぁ っ」 「ソレは、なんだ」  まるで獣の唸り声のような低い声は明らかに不快さを示していた。  今にも握り潰さんばかりの勢いで腕を掴まれ、さすがのセキも怯えるように身をすくませる。 「ソレ?」 「っ!」  不愉快そうに顔を歪めた大神は、不快さを隠しもしないままにセキのスーツの上着を力ずくて引き剥がす。 「あっ⁉なに  」    自分のために仕立てられた服が悲鳴のような音を立てて裂け、床に投げ捨てられるのを見てさすがのセキも困惑を隠せないままに大神を睨みつけた。 「何に怒ってるのか  」  言いかけてセキははっと床に落とされた上着の、大神が掴んだ部分に目を遣る。  そこは、今日のαとのマッチングで馴れ馴れしく触れられたところだった。 「肩 触られただけですっ」 「っ  肩だけで……」  ぐっと言葉を飲み込んだ大神は、続きを言うこともなくさっと視線を逸らす。 「本当に肩を  」  セキはぞわりと悪寒を感じさせるような触れ方をしてきたマッチング相手を思い出し、蹴りの一つでも入れておくべきだったと顔をしかめた。  そもそもマッチング中に許されているのはお互い会話のみで、触れてはならない規則があるし、故意に近づかなければ触れることなんかできない。  それを無視して、例え肩だとしても触れてこようとするのは、下心以外の何者でもない。   「肩だけで、そんな顔になるものか」  大神の声は相変わらず低くて、セキ以外の人間ならば震えあがって声も出せなかったかもしれない。 「顔?」  顔 と言われても……と、セキは自分の頬に触れる。  栄養が足りているせいか少しふっくらとしてきたと思う以外は特に変わり映えもなく……しいて上げるならば少し熱を持っているように思うくらいだった。 「そんな顔で、ここまで来たのか⁉」 「顔 ……って、わかんないですっ!」  そう言うと、セキはデスクの上に乗り上げたままと言う落ち着かない状況を思い出して身を捩る。 「オレがどんな顔してるって  」 「  っ」    奥歯を噛み締めているのか頬を引き攣らせ、大神はデスクから下りようとしたセキの顔を掴んだ。

ともだちにシェアしよう!