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狼と少年 11
なんてことはない、今までも繰り返し繰り返しセキが大神に迫った言葉だと言うのに、寄る辺ない子供の呟きのようなそれに大神は何も返せない。
「オレ、を、お願いだから 」
「 」
「ベータだから意味ないって、言うんだってわかってる。一時的に保護してるだけでってのも、オレみたいのなんかが大神さんの番になれるはずないって言うのもわかってる。大神さんの番になりたいとか、奥さんになりたいとかじゃないんだ」
項垂れた視線の先の爪をぷちぷちと鳴らし、セキは自嘲のように続ける。
「頭も良くなくて、器用でもなくて、マナーも何もわかんない、子供を売り飛ばすような親を持つオレが、大神さんに相応しいなんて思ったりしない。それでも……大神さんの痕があったら…それを支えに生きていけるって思うから 出て行くことになっても、 」
「おい、出て行くなんて話は聞いてないぞ」
「……でも、大神さんはそれを希望しているじゃないですか」
「オレは、お前に番がいればいいと思っているだけだ。抑制剤を飲んでいても、ヒートが毎回きついだろう?」
「そうです。……じゃあ大神さんは、番だからってオレが他のαに犯されててもいいんですね?」
「……そ 」
何をわけのわからないことを……と言いたそうな目で大神はセキを見下ろす。
そうすると無骨なネックガード……いや、首輪が見える。
実用本位で飾り気もそっけもないそれは……
「大神さんはベータで、ましてや発情期じゃないんだから番えるとは思ってないです。でもここに大神さんが一瞬でもオレを番にしようって動いてくれたって痕があれば……運命に出会ったとしても、大神さんのこと好きでいられるから」
「 今日の相手、相性がよかったのか」
「ぜんぜん」
舌を湿らすようにしてから慎重に問いかけたのにセキの返事は望んだものではあったが期待したものではなかった。
「大神さん、形だけでいいから噛んで?もし運よく番えたからって、大神さんのオンナぶる気もないし、今まで通りちゃんと働くから……迷惑なら、遠くにいくから」
「お前は、アルファに捨てられたオメガの成れの果てを知っていてそう言うのか」
大神の声はこちらが委縮する程低く、動物が威嚇する際の音にも似ている。
「……お母さん のことを、言ってるんですよね」
セキはぷち と爪を鳴らしていた動きを止めて唇を引き結んだ。
特別病棟だと案内された先にいた、窶れはてて歩くこともままならない小さなΩ。
錯乱があるためか会話がチグハグで、大神のことを父の悟と思い込んでいた。
素人目にも、衰弱しているのだと分かる様子だった。
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