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狼と少年 12

「それでも、オレは大神さんの痕が欲しいですよ」  怯むかと思っていただけに、セキの反応に大神は戸惑う。 「大神さんがオレを遠ざけようと思ってるのはわかってます、傍をうろちょろするのを許してくれてるのは同情で、相手してくれるのは抑制剤の効きが悪いせいだってことも理解してます」  ぎゅっと、小さな体がしがみつくに任せたまま、大神は返事をしない。 「大神さんが、オレを好きじゃないのも」  わずかにセキを抱き締める手に力が籠ったが、結局大神の反応はそれだけだった。  セキの言葉に何か反論するわけでも、否定するわけでも、ましてや肯定するでもない。  それが答えなのだとセキはしがみついていた手から力を抜いた。   「    ごめんなさい。お仕事の邪魔しました」  高い体温にしがみついていたせいか少しの隙間でもひやりと冷たく思えて、自然と体が震える。 「帰ります」  無骨な手は強固な枷のように見えて、セキを拘束することは一切ない。  するりと膝から下りたセキは乱れていた服を直し、項垂れたままの頭をさらに下げて礼をした。 「直江に送らせる」 「  っ、一人で帰れます」  足先に落ちた涙を誤魔化すように、セキはさっと踵を返して部屋を飛び出す。 「わっ」 「⁉」  ぶつかりそうになったのを寸でで堪え…… 「しずる⁉」 「あ、うん……えっと……」  セキを見下ろしたしずるは気まずそうに視線を逸らすと、手に持っていた紙袋を直江へと手渡す。 「これ、言われた奴」 「ありがとう。じゃあついでにセキを送って行ってくれるかな?どうせ雪虫のところに帰るんだろ?」 「そうだけど」  返事しつつも歯切れが悪いのは、セキの様子のおかしさが一目見てわかるほどだからだ。  散々大神にじゃれついてぞんざいに放り出されるなんてことは日常茶飯事だったけれど、それは微笑ましいと思える程度の話で、何があったか問いかけるのを躊躇うほどではなかった。  しずるはそろりと直江を見上げて何か問いたげにしていたけれど、質問を許さないとでも言いたげな隙のない笑顔に押し返されて黙るしかなかった。 「えーっと……じゃあ、行くか」  一緒に帰るとも一人で帰るとも言ってこないセキに、しずるは困った顔を浮かべる。  中で何かあったことは確かだと分かっても、その内容まではわからない。  ましてやそれを尋ねていいのかもしずるには判断がつかなかった。   「あー……ちょっと寄り道して甘いものでも食べに行くか?」  せめて自分から話しやすいようにしてやることが自分にできることだ と、しずるはそう提案した。  

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