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狼と少年 19

 手首につけているタグで支払いを済ませて、店を出ようとしたところで「またのお越しをお待ちしております」と背中に声をかけられた。  別段、どうと言うことのない言葉のはずなのに……  セキを促していたしずるは思わず後ろを振り返る。  閉まりつつある店の扉の向こうで、にこやかな顔が…… 「気は済んだ?」  引っ掛かりをもう少しで掴めそうだったのをその言葉で逃してしまったしずるは、苦い顔で直江の方を見た。  こちらもしずる同様苦い顔をして今にも盛大に溜息を吐きそうな雰囲気だ。  直江はハンカチを握りしめていまだにぼろぼろと涙を零すセキを眺めて、小さく肩をすくめる。   「あーあ、ぼろぼろに泣かせちゃって。大神さんに叱られるよ?」 「なんでオレなんだよ、泣かしたの大神さんだろ!」  そう反論しながら直江の後ろを見て、さっと顔を青くする。  直江の背後の、いかにもな黒塗りの車の中に見える人影にぴっと背筋を伸ばし、ちらちらと窺うように直江に視線を向けた。 「セキ、大神さんがお待ちだよ」 「……へ?」  ぐず……と鼻を啜りつつ顔を上げたセキの涙は、もうこの瞬間には引っ込んでしまっていて…… 「ええええ⁉」 「それとも泣き顔は見せたくない?」 「わ、わっ! な、泣いてない!泣いてないからっ!これ……このハンカチはしずるが泣いてただけで  」 「おい!」  手の中でぐっしょり湿ってしまったハンカチをしずるにさっと押しつけると、セキはさっさっと髪を整えて何でもないふりをする。   「そう、なら研究所まで送って行くから車に乗って」 「うんっうん!乗りますっ乗ります!」  先ほどまで栓の壊れた蛇口のように泣いていたはずなのに、今のセキはその雰囲気の欠片も感じさせなかった。  絞れば水が滴りそうなハンカチを押しつけられて、しずるは文句の一つでも言ってやろうかと直江を見上げる。   「いや、俺も被害者だからね。今日の予定メチャクチャ。スケジュール全部組み直し」  肩をすくめてお手上げとばかりに天を仰ぐ姿は、大神とセキの痴話げんかのしわ寄せがすべて自分に来ているのだと物語っていた。  自分が当事者じゃなくて良かったと思いつつ、「大変だね」と口先だけの労いを告げる。 「じゃあオレは走って帰るんで  ……ってそうだ。ビニール袋あったら欲しいんだけど」 「ビニール袋?ああ、それ」  そう言うと直江は汚いものを見る目でハンカチを眺める。 「鼻水はついてない はず」  思わず摘まみ上げるようにハンカチを持ち換えた瞬間、隙間から小さな紙片がひらりと二人の間に落ちた。  それは、悪戯が大好きと言わんばかりに舌を出したお化けの模様のメモだった。 END.  

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