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おはようからおやすみまで 9
「もうちょっと体調が良くなったら、お医者様からタマコの詳しい話を聞こうな」
「タマコ……」
さっきからちょくちょく出る単語をぼんやりと繰り返すと、藪秋ははっと慌てたようだった。
「そうだ!名前をまず考えなきゃならん!その相談をしようと思ってたんだ!」
「タマコじゃないの?」
「おまっ……それは、名前決めるまで仮で呼んでるだけだ!やっぱり親から一番最初にもらう贈り物だって言うからな!ちゃんと画数をみてだな……」
「タマコでよくない?」
興味なさげに呟いたせいで藪秋の言葉が詰まって……
自分とオレの温度差に気づいたらしい。
タマコを見てきらきらとさせていた表情を曇らせて、肩をぎゅっと抱き締めてくる。
じんわりとした熱は、縋りつくと抱き締めてもらえてほっとさせてくれるものだったのに、どうしてだか居心地悪く感じて押し退けるようにしてそこから逃げ出した。
「シゲル?」
「あ……その、風呂に入れてないし」
「あ、ああ、風呂はシモの傷の具合を診てもらって許可が出たらシャワーだそうだ」
教えてくれた藪秋の方に顔を向けられないまま、「うん」とそっけない言葉だけを返した。
初乳を絞るのだと、看護師に胸にホットタオルを置かれる。
熱いとまではいかないけれど、その温もりがあるだけで体温があがったかのような気がするくらいだった。
「 ぃ、ぃーっ!」
乳首から出るのはわかってるから、乳首を摘まむのはわかってるんだけど、これが痛くて堪らない!
ぎゅーって引っ張るようにされたり、胸全体を揉むように動かされたり……
「ぃっいっ……ぃたぁぁぁっ」
「本来は妊娠中からちょっとずつやることだから、ちょっと痛いかもね」
ふっくらとした優しそうな外見の癖に、手の動きには一切容赦のない看護師はそう言うともう一つの乳房に手を伸ばす。
相手が看護師じゃなかったら蹴り飛ばして逃げたと思う。
「これでお乳の出を良くして、いっぱい飲ませてあげましょうね」
「……」
あんな小さくて?
飲めるの?
って言う言葉は飲み込んだ。
タマコは他のバース性の赤ん坊に比べたらずいぶんと健康に産まれたらしいけれど、それでも保育器に入らないといけないし、二十四時間看護が必要だった。
小さくて小さくて……あんな口で何かを飲むことができるんだろうか?
そんなこと、信じられなくて……
「じゃあ、お乳はお届けしておきますね」
そう言ってくれているのに、捨てられるんじゃないかってわけのわからない考えがむくむくと湧いてくる。
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