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おはようからおやすみまで 12

「……」  寄り添うような言葉をかけられてもオレは頷きもできないでいた。 「まだ学生だったよね?急にいろんなことが起きて、混乱してしまうのはよくわかるよ。だから、病院にいる間に少し勉強をしてみるのはどうかな?」 「……勉強なんて……」  何せサボりが常習の人間だ。  いつも能天気そうにしている教師にすら、心配される程度にしか授業に参加していないオレからしてみると、医者から出た言葉はどうにも高い壁のように思えて反射的に拒否の構えになってしまった。  ぎゅっと藪秋にしがみついたのがバレたらしい、瀬能は小さく苦笑してみせる。   「ああ、言葉が悪かったね、講習……もちょっと固いか。パパママ会って言えばいいかな?」  勉強よりはずいぶんと柔らかくなったけれど、それはそれで逆にわかりにくくなった。 「支えてくれるパートナーの方もいるようだし、参加してみてはどうかな?」 「それはどう言った会です?」  オレの疑問を藪秋が代弁してくれる。 「出産のことを学んだり、同じ時期に子供が生まれる人達との交流を目的とした集まりです。パートナーの方にも妊娠体験をして貰ったり、赤ん坊が授乳する際の話をしたり……内容は様々です」  瀬能がパンフレットのようなものを差し出したけれど、オレはやっぱり受け取ることができない。  代わりに藪秋が受け取り、それに目を通すガサゴソと言う音だけが頭上で響くけれど、どうしても見たいとは思えなかった。  柔らかい足元の敷パッドに慣れず、そろそろと足を踏み出す。  そう広くはない部屋の床一面パステルカラーで、壁もふかふかとしたクッションのようなもので出来ている。  そこに、数組の……夫婦がいて……  お互いに幸せそうに目を合わせて喋り合っていて、その雰囲気にオレは気まずさを感じて動けない。 「そこにでも座るか?」 「う、ん」  藪秋が一緒に参加してくれたけれど、他の人たちとは違ってオレの腹はもうぺったんこだし、藪秋と見つめ合いながら笑って話をする気にはなれなかった。  どこもかしこも、幸せオーラばかりで……  少しゆったりした服を着ているのはお腹に赤ん坊がいるからなんだって、当然のことを思いついた時には、叫びながらその場から逃げ出したいくらいだった。  でも、にこにこと笑いながら藪秋がオレを抱き締めて座るから…… 「な なんかさ……オレ、場違いじゃね?」 「んぁ?んなことねぇよ」 「……」  幸せそうにお腹に手を当てているあの人たちのような感情は、オレにはない。

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