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おはようからおやすみまで 13
今日のパパママ会の内容は、妊婦体験とのことだった。
藪秋にしがみつくようにして窺っていると、講師として入ってきた助産師を名乗る人が挨拶をして、話をして……
「……」
難しい言葉は使わず、柔らかい声音で丁寧に話してくれる言葉を、藪秋は頷きながら聞いている。
そんな藪秋の腕の中にいながら、正面ではなく床を見詰めた。
「よく十月十日と言われますが、バース性の赤ん坊はそれよりも少し早く産まれるので、実際はこちらよりも軽いものになります、ではこちらのお父さんからつけてもらいましょうか」
明るい声にちょっとだけ視線を上げたけれど、その先にあったのは嬉しそうにしている夫婦の姿だ。
「あれをつけるらしいぞ」
「え?」
ちょいちょいとつっつかれて、差された先を見てみるとリュックのようなものを持って助産師が説明している。
それを体の前面につけて、妊娠時の疑似体験をするのだと言う。
順番に手渡されて、身に着けた人は苦笑と共にバランスを崩してよたついていた。
「……重そうだな」
普段、背中に荷物を背負うことはあっても腹に荷物をぶら下げることはないからか、藪秋の感想は素直だ。
「 重さなんて、知らない」
つんと零してそっぽを向いた。
さっき助産師が言っていたように、男のΩの妊娠は七か月程度だからお腹もあまり大きくならない。
だからオレは妊娠に気づかなかった。
でも、確かに腹の中に子供がいて、そのためにバランスを崩しやすくなっていたんだろうってことはわかる。
それから笑いごとにしていた腹の肉がボテ腹だったことには、膝から崩れそうな脱力感を感じた。
だから、オレからしてみたら妊娠体験なんてものはオレ自身も経験してないのも同然だった。
「お。じゃあちょっと経験してくる!」
引き留めようとしたオレの手は間に合わず、藪秋はさっと立って前の人からリュックを受け取って体の前に抱える。
それだけで、いつもふんぞるように立っていた藪秋の姿勢が前傾になってしまっている。
「わ コレ、は、 」
よたよた……と歩き出す。
その姿は、足がしびれているようにも見えたし、散歩中に犬にぐいっと引っ張られてこけそうになっている姿にも見えた。
「シゲル!すげぇ重い!お前、こんな体だったんだな!……辛かっただろ?よく頑張ったなぁ!」
つけた瞬間はどうでもないようだが、時間経過がすすむとどんどんと反り返るような姿勢になっていっているようだった。
「そりゃ、バランスとらなきゃだからこうなるわな!あー…これ、腰いてぇ」
天上を仰ぎ見るようにして、藪秋が唸った。
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