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おはようからおやすみまで 14
「これを七か月だろ?シゲル、ホントに尊敬する。さすが俺が選んだ奴だ」
満面の笑みを向けられて……向けられて…………
オレは、もう、
限界だった。
「 ────っ」
叫び出しはしなかったけれど、突然走って飛び出したオレを皆はどう思っただろうか?
一人残された藪秋は恥ずかしい思いをしてやしないだろうか?
でも、
でも、
オレはあのままあの場所にいることができなかった。
「 シゲルッ」
パパママ会を行っていた部屋の入り口から藪秋の声が聞こえたけれど振り返らず、そのまま走り続けた。
久し振りの全力疾走は全然走れなくて、特に空っぽになった腹の辺りがべこべこのボールのように弾んでしまい、酷く走りにくい。
だけど、もう、だめだっ!
病院着のままだったけれど、エントランスを走り抜けて玄関を飛び出す。
何人かはぎょっとした顔をしたけれど、オレの黄色い頭を見ると声をかけるのをためらうみたいで、誰も何も言ってこない。
後ろを振り返ったが、藪秋の姿は見えない。
あの妊娠体験用のリュックはしっかりと体に固定するようだったから、今頃はそれを外そうと躍起になっているかもしれない。
待つか、
逃げるか、
一瞬頭の中をよぎったこの二択は凄くシンプルで分かりやすかった。
待てば、その結果藪秋はオレの傍から離れて行くだろう。
逃げれば、オレは藪秋と会わずに暮らすことになるだろう。
どちらにしても、オレは藪秋と離れなくてはいけなくなる。
「…………それなら……逃げる、一択だろ」
待てば逃げる理由を問われるかもしれないけれど、逃げればその理由を言わなくてすむかもしれない。
「 っ」
滲んだ涙を堪えるためにすん と鼻を鳴らすと、先ほどまで引っ付いていたからか鼻先を藪秋の匂いが鼻をくすぐる。
ぎゅうっと……胸を握り潰されたのかなって思わせるような、痛みに息が詰まった。
苦しくて、苦しくて、どうにもできないくらい苦しい。
「 っ、あきっ……さよならっ」
姿が見えないのに言葉なんて届くはずがない。
はずがないのにそれが藪秋に対するオレへのけじめだった。
植木鉢の下の鍵を取り、部屋の中に入って急いで着替える。
「────っ」
思わず、びくんと体が跳ねた。
鏡に映る自分の体の奇妙さに……
体のどこも入院前と変わらないのに、ただ一か所、腹の辺りの皮膚だけが皺を刻んで垂れさがっている。
人の肉体がこんな風に一か所だけ萎むものなのか……と、自分自身のことながら他人のように思う。
「 っ財布…………」
たいして入ってないが、何もないよりましだ。
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