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おはようからおやすみまで 15

 もっとも、そのいくらかの金も藪秋がくれたものだ。 「……」    一瞬、持って行こうかどうか迷った。  これだけ迷惑をかけて、その上行方をくらましたオレが更に金まで持って行くのだから…… 「少しでも、……返すべきだよな」  オレの生活のすべてが藪秋から貰ったものだから、藪秋から逃げるオレが持って行くのは間違っている。 「でも……」    藪秋がプレゼントしてくれた財布を置いていこうとして、やっぱりと思い直してそれを握り直す。  母親との生活で、金はあるに越したことはないと、身をもって知っていたからだ。  金がないと……  その先は…… 「……」  ぐっと握り締めた手がカタカタと震え出したことに気づく。 「すっかり、忘れたと思ってたんだけど……」  いくら服を着こんだとしても拭えない感触に、じっと息を詰めてその恐怖が過ぎ去るのを待つ。  ざわざわと肌にへばりつくように這いまわる手の感触も、髪を掴まれて引きずり回された痛みも、オレの意志を無視して……体中を無茶苦茶にされた記憶も…………  全部全部、藪秋が上塗りしてくれたはずなのにっ! 「  ────ひぃ」  喉の奥に声が張りつく。  自分の体から逃げることなんてできないってわかっているはずなのに、そうすれば逃げられるんじゃないかってそればかりで頭がいっぱいになって、病院の時と同じように家を飛び出した。  あの日は……と言うか、実際にはその随分と前からうちには金がなくて、家賃は滞納しているしそんなだから碌に食事もしてなくて、本当に腹が減っていた。  母親は働く気はなさそうで、万年床になっている布団の上でゴロゴロしながら首になった店の文句をぶつぶつと言っていて、オレはもう考えることすら面倒だって思いながら、ダチに菓子でもねだろうと学校へ行っていた。  友人からもらった菓子で食い繋ぐ なんて、今思えばなんて馬鹿馬鹿しいことをしていたのかと思うのだけれど、バイトの前借ももうできない手前それだけがオレの命綱だった。 「シーゲル!」  ぽん と肩を叩いてきたのは先輩だ。  素行が良くない なんてどの口で言えるのかわからなかったけれど、その先輩はオレよりも問題児だった。 「お前また菓子かよ?」  へらへらと笑う口元にはピアスが光って、同じように耳にもいっぱい穴が見える。  それから、コロン?制汗剤?香水?の臭いがぷんぷんして臭かった。 「あー……はい」  授業をサボって、教師に見つかりにくい体育館の裏側で……誰にも見つからないと思っていたのに。  面倒になるからできるだけ顔に出さずに、この厄介な先輩に向かって曖昧に返事を返す。    

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