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おはようからおやすみまで 20

 あの時のことを思い出す度、胃がひっくり返るような、寒くて堪らないような感覚になる。  学校の水道で男達の精液を泣きながら洗い落とし、ぼろぼろな状態だったオレは人目を避けて昏くなるのを待ってから家に帰ったのだけれど、開けた扉の先は今朝の様子と一変していて……  母の残したメモには、「耐えられないから家を出ます」とだけ書かれていた。  もしかしたら、オレは母に出来事を聞いて欲しかったのかもしれない。  解決はできなくとも、自分の身に起こった最悪な出来事を共有したかったのかもしれない。  もしくは、わずかな慰めを望んでいたのか……  でも、今となってはナニがどうだったのかわからない。  あの時オレは呆然とし過ぎていたし、母親はとっくにオレと縁を切るために出て行ってしまった後だったんだから。  薬を使ってレイプされて、母親は家財もろもろを持って蒸発。  オレの人生最悪なことばっかりだって思ってたけど…… 「もっと最悪があるとは思わなかった」  唇の水気を指で払い、その手で腹を押さえる。  手が濡れているせいか一瞬ひやりとはするけれど、あっと言う間に体温を吸って掌と腹の密着している部分が熱を持つ。  もともと発情期は不定期で、それが無いのが日常だった。  だから、ずっとないんだって思ってた。  それが、妊娠の兆候なんて、分からなかった。   「 ────シゲル?」  ぽつんと問いかけるように聞こえてきた声に、一瞬で血の気が引いたのがわかる。  少し温かいと思っていた腹の部分からどんどんと体温がなくなって、小刻みに全身が震え出す。  聞こえなかったふりをするのは簡単なのに、長年身についたもののせいか思わずへらりとした笑いが出た。 「せ、せんぱい?奇遇っすね」  震える手を隠すために握り込むようにして後ろに隠し、薄暗くなってきた中でもはっきりと分かる先輩の方に顔を向ける。  あの日以来、卒業時期も相俟って顔を合わせることがなくって……  だから、もう顔なんて覚えてないと思っていたのに、こちらに向かってくる先輩の姿を見ると鮮やかにあの日の記憶がよみがえってしまう。 「  ────っ」  ガチ と歯が鳴った。  わずかでも距離を取ろうと後ずさったのに、先輩の歩いてくるスピードはそれよりもはるかに早い。 「お前っ!」 「っ!」  怒声のような、威嚇するような声を上げられて膝が笑った。  一度そうなってしまったらもうどうしようもなくて、怖い と言う蓋をしていた気持ちがぶわっと溢れ出した。 「お前っ!どう言うことだっ」 「ど、ど? ……や、な、なんのこ、とか」

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