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おはようからおやすみまで 26
気でも触れたんじゃないかって、ひやりとして藪秋の瞳を覗き込むけれどそこにあるのは凪いだ感情だけだ。
子供が実は自分の子じゃなかったことも、
オレが他の奴らに襲われたことも、
何も藪秋の心を揺らしていないようだった。
「なん っなんだよ!……っあ、あきにはっ……どうでもいいことかもしれないけど っ」
「そうだな」
「っ!」
肯定されてしまって、思わず言葉が出なくなる。
藪秋にとってはオレがどこの誰にヤられようとも関係がないし、子供が誰の子供だとしても興味がないんだって……
自分で言った「どうでもいいこと」が自分自身に突き刺さる。
わずかでもいいから、藪秋の特別でありたいと願っていたから……
「も いいよっ」
じたばたと藪秋の腕から逃げ出そうとすると、大きな手が体を掴んで引き寄せてくる。
抵抗しようとするも、藪秋の力に敵わないのなんて当たり前のことで、わずかの隙間も作ることはできなかった。
「待て待て、何か勘違いしてるだろ」
「ぅーっ!」
「威嚇すんな」
「離せっ」
「俺は、お前がどうでもいいわけじゃない」
「どうでもいいってことに、そうだなって言っただろっ!」
少しだけ動く腕でぽこぽこと叩くと、へらりと締まらない苦笑を返される。
「俺はシゲルの全部をー…… あー……」
自分から喋り出しておきながら藪秋は言葉に迷っているようだった。
言葉を探すためか視線が彷徨って……
耳たぶが少し赤くなる頃、「愛してる から」ともごもごと呻いた。
「俺は、お前がいてくれるならそれでいいし、お前が産んだならそれは俺の子供だろうし、お前に何があっても俺と番でいてくれるならそれでいい」
「つがい……」
「あ⁉番になるんだろ⁉」
「だって、だって 」
三度目の「だって」は藪秋にキスされて口の中で消えてしまう。
「難しく考えるな。俺はシゲルの番だろう?なら番の憂いはどうとでもしてやる」
がっちりとした腕はほんの少しの揺らぎもないまま、オレが暴れても逃がす気配はない。
縋りついても、殴ったとしても、何をしても受け止めてくれるそれは……オレが今まで与えられたことのない「安心できる場所」だ。
庇護されなくてもいい、
甘やかしてくれなくてもいい、
ただただ、そこにいてオレを見てくれる、そんな存在。
オレの場所だ。
「お前がいいって言うんなら、朝から晩まで離さねぇからな」
潰れてしまいそうと思うのに藪秋の腕の中は居心地が良くて堪らない。
腕の中から見上げるオレを見つめる目は凪いで、静かで、そして温かい。
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