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赫砂の失楽園 4

「オレの入る隙なんてないですよーあの人、恋人大好きじゃないですか」  ちょっと、あの人のふわふわはちょっとベタベタして粘着質そうだと思ったのは黙っておく。 「そうだけど、人間浮気もできるから」  そう言うと店長は難しそうな顔をした。  真剣に客の帰った後を睨みつけているのを見ていると、オレのことを気にかけてくれているんだって言うのはわかる。  わかるけれど、結局それはオレが放っておけないから ってだけの話だ。  店長のふわふわはオレを気にしている様子だったけれどそれだけで、ピンク頭の彼の体に絡みつくようには動かなかった。  せっかくもらった荷物を、重い と文句を言うと人としてダメなような気がして、唇を一文字に引き結んで両手の紙袋を根性でアパートまで持って行く。  暗い中にお化けのように立っているボロアパートが、オレの家だ。  築三桁は行ってないと思いたい、古くて家賃が安いのが自慢の台所とリビングと、四畳ないんじゃないかなって思えるくらい小さな部屋がオレ達家族の生活の場。  ここに五人で住んでいる。  大学生のオレと、弟と妹……せめて妹には一人部屋をと思うけれど、今の生活では無理としか言えない。  それを考えると、大学を辞めるべきなのかと思いもするが……そうすればただ奨学金と言う借金が増えるだけだ。それよりもしっかり卒業していい会社に入って稼ぐ方がいいだろう。 「ただいま」  声を潜める必要がないのは、左右と真上が空き家だからだ。 「お兄ちゃん!おかえりなさい!」  飛び込んできたのは四番目の肆乃(ほしの)だ。  兄弟唯一の女子は、今日も強い力でタックルをかましてくる。 「っ⁉︎」 「あ、ごめーん」  オレと同じ切れ長な目は、女の子にしてはきつそうに見えるんじゃないかと悩みもしたが、肆乃はちゃめっ気を含ませて笑うことでそれを和らげる術を身につけていた。  その笑い方で笑われてしまうと、どうにも怒ることも文句を言うこともできずに頭を撫でるしかなくなる。 「もういいよ、それより荷物を受け取って」  そう言って両肩と両手に下げていた紙袋を下ろすと、「お肉!」と言って飛び上がった。 「肆乃、うるさいよ。床抜けるだろ?」  面倒そうに妹を押しやって入ってきたのは中学生の弟の参希(みつき)だ。  肆乃を押し退けて紙袋をまとめて持っていく。 「頼んだよ」  荷物を下ろして軽くなった肩を軽く揉む。  日持ちのしなさそうなものや、冷蔵が必要なものを優先で持って帰ってきたから、明日は残りを持って帰らなくてはならない。    

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