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赫砂の失楽園 9

 オジサンのフェロモンが雰囲気を変えた。 「えー?じゃあいいでしょ?」  こちらを警戒して引っ込んでいたフェロモンが漏れ出して、粘つくように絡まってくる。  細い触手のようにソレはオレの肌を舐め上げて…… 「あ……」  結局、金も必要だ。  店長に対する申し訳なさに蓋をして、小さく頷いてみせた。  背後から圧し掛かりながら腰を打ちつけてくる。  正直なところ、この体勢が一番楽だ。  顔を見られることがないから演技する必要もないし、それらしい声は腹の中を押し上げられる振動で勝手に出てくる。 「き、気持ちイイ⁉気持ちイイだろ⁉」 「ぅ、あ、  ぅ、ん、うん」  突かれる律動に肺が押されて言葉が途切れ途切れになるのを、感じしてしまっているからだと勘違いしてか背後のオジサンは上機嫌だ。  ぐぽぐぽと自分勝手に腰を振って、自分勝手に高まって行く。  一息つくには最高の体勢だ。    好き勝手されるその様子は、まるで悪戯の大好きな子供に玩具にされているようだとぼんやりと思う。  男に体中を舐め回されて、Ωと違って排便のためだけの器官にち〇こ突っ込まれて、反射的に「あん」「あん」と声を上げている自分は酷く滑稽だ。  嬌声を上げて、男の下で腰を揺らめかせ、オジサンの酒臭い口に躊躇なく食らいついて舌を絡める。  いくら生活費のためだとは言え胸を張ることのできない姿は、オレ自身が受け入れられない見たくない姿だ。  だから、ぼんやりと蹂躙されている自分を別の視点から眺める。  そうすれば、少しだけ心が楽なような気がするから……  濡らしたタオルで体を拭いて手早く服を着ると、背後から「シャワー行こうよ」と声をかけられる。  乱れに乱れたベッドの上で転がる姿を眇めた目で見ながら、ゆるく首を振り返してホテルの出口へ向かう。 「そんなに俺の匂いをつけたままでいたいの?」  背中に投げつけられた言葉はひどい見当違いの言葉だった。  それが違う人物からのものだったらまた違った感想もあったのかも知れなかったけれど、なんの好意も持たないオジサンに言われてもゾワリとしたものを感じるだけだった。  執着を示すように絡まるフェロモンが邪魔っけでつい手で払いそうになったが、それをぐっと堪えて肩をすくめてみせる。 「門限があるんで」  へら と笑い、これ以上引き留められない内に廊下へと飛び出した。  足早にエレベーターへと向かいながらも背後の気配を窺って……  どうやら追いかけてくる気配はなさそうだ。  経験上、あんなふうにフェロモンを絡めてくる人間は何かしらうるさいことが多い。  

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