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赫砂の失楽園 10
時間があればもっとじっくり相手を選ぶこともできたのだけれど……
「とは言え、まぁ 」
ポケットの中の札の感触を確認する。
これで、月末までなんとか食費に困ることはないだろう。
「電気代と……今月は水道代の請求もあるんだっけ」
指折り数えながら出費のことを考えていると、収入があったばかりだと言うのに気が落ち込む。
親が金を振り込んでくれるかわからない、ましてや兄弟五人が満足に生活していくほどの金額にはまったく足りないことばかりのこの生活が、辛いわけじゃないけれど……それでも、オレを頼りとして一緒に頑張ってくれる弟たちを見捨てることもできなくて。
「……落ち込んでる場合じゃないな」
頬をぱちぱちと叩き、気を取り直して歩き出す。
今日はいい日だった と言い聞かせるように胸中で呟く。
バイトがあったし、そのバイトで食べ物をいっぱいもらえた、それに思いがけず稼ぐこともできたのだからいい日だった。
「……いい日、だった」
だから、大丈夫。
だから、まだやって行ける。
オレには、守らなきゃいけない弟たちがいる。
「大丈夫、大丈夫」
呪文のように呟きながら路地裏を抜けて家へと急ぐ。
ビルの裏は人通りがないから危ないかと言われると、実はそうでもないこの道は帰り道によく使うルートだ。
路地裏とは言え、周りのビルの管理がいいのか雑草まみれになっているわけでも汚れてゴミだらけになっているわけでもない。
防犯カメラもついているせいか犯罪が起こりそうな雰囲気は微塵もなかった。
……?
前を見て、思わず歩みを止めた。
いつもきれいに掃除されているそこに、何かが落ちている。
「…………」
深夜の路地裏のせいか、道から入り込む明かりだけではうまくソレが何かは確認できない。
けれど、サイズが大きいものだと言うのはわかる。
黒い……大きなゴミ袋がうずくまっている。
「……」
いや、うずくまっていると感じた時点で、それは人だ。
「……酔っぱらいか……」
それとも?
いつもならさっさと引き返して違う道を選ぶはずなのに、どうしてだか足が動かない。
怖い と言うのとも違う。
「……」
妙にそのうずくまった人間が気になる と言うのが正しかったのかもしれない。
オレは思わず目を眇めて、隠れるようにうずくまっているそれを見た。
チカ チカ と何かが光る。
「っ⁉」
とっさに目を瞬かせて、車のライトでも入り込んだのかと様子を窺うもそんな気配はなくて……
不審なものに近づいてはダメだと理解しているのに、頭と体の動きはまったく逆だった。
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