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赫砂の失楽園 14
「やっば!」
悲鳴のような参希の叫び声を聞いて、今度は肆乃が部屋の引き戸を勢い良く開けた。
思わず耳を塞ぎたくなるようなパァンと言う軽快な音とともに、ぎゃあ!とちっちゃな子供の泣き声が始まる。
「あー、やばいっ!」
自分の行動が良伍を泣かせてしまったことに気づいた肆乃がまた大声で叫ぶ。それにびっくりした良伍がさらに泣き出して……
兄弟それぞれに、やばい、やばい、と叫びながらバタバタと辺りを走り回る姿は毎日の光景だった。
「何やってんの人の服踏まないで!」
「そんなところに置いてるのか悪いんだろう!」
「ぃ゛ゃあああああ゛!」
「どけって!」
「ちょ 」
「蹴るなっ!」
バタバタと、お互いがお互いに自分の準備を押し進めようとするそこは、まとまりのないやかましい鳥たちの群れのようだ。
もう誰が何を言っているのか、はっきり聞き取ることすらできない。
「oh」
弟たちの勢いに、部屋の端で小さくなっていた男がそう感嘆の声を漏らして苦笑を零す。
その途端、全員がシン……と静まり返りキョトンとした四人の目が男に向いた。
「そうだ!兄貴、そいつ!」
流弐の声にはっと我を取り戻す。
「誰⁉」
自分を指差しての問いかけに、男は困ったように肩をすくめてみせる。
その姿は人をからかっているかのようにも見えたけれど、首を傾げながら考える姿が怒りを押しとどめて……
「eh eh……」
ゴクリと全員の喉が鳴る。
計十個の目が見つめる先で、男はたどたどしい日本語で「ダレ?」と繰り返した。
急いで弟たちに握り飯を作り、鰹節をふりかけ、それを食べさせて送り出していく。
良伍は最後までぐずってはいたが、流弐に抱きかかえられて保育園へと行ったために、部屋の中は気味が悪いほどに静まり返る。
「Estas bongusta!」
そしてそんな中で、男は堂々と食卓でおにぎりを食べていた。
「ああ、そう」
オレの分の朝ご飯をおいしそうに食べる姿に、今すぐ蹴り出す気力がわかずに仕方なくコップの水を飲んだ。
空腹の胃にジワリと広がるのが冷たさで分かる。
「kio estas via dieto?」
「オレの?」
兄弟五人、ギリギリで暮らしている我が家に余分な食料なんてものはない。
この男を連れてきたのはオレなのに、その皺寄せを弟たちに押しつけるわけにはいかない。
「それを食べたらお巡りさんのとこに行くから」
「kie?」
「警察」
「polico?」
キョトンと首をかしげて問いかける男を、じろりと睨む。
そうすると少し気圧された様子を見せておにぎりを食べる手を止め、まるで捨て犬のようにこちらを窺ってくるから始末に悪い。
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