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赫砂の失楽園 18

「ぅあっ そ、こは……っ」  無遠慮の手がオレの拒否など意にも介さずに胸へと到達して、そこにあるささやかな尖りに触れてくる。    魚のように跳ねた体も、結局は男の下だとわずかに身じろいだだけでどうにもならない…… 「 ふ、ぁっ ンっ」  決して強いわけではない。  むしろ触れるか触れないかのギリギリで、乳首の上を指先が彷徨って……熱だけがいたぶるように敏感な部分を撫で回す。 「ホラ、においがきつくなった、このクニはこんなむぼうびにおめがをスまわせているのか ?」 「  ────っ!オレはオメガじゃないっ!」  はっと冷水を浴びせかけられたような衝撃に助けられながら、渾身の力でもって男のみぞおちに向けて肘を突き出した。  固い胸板は揺らいだりしなさそうだったのに、ぐっと呻く声がしてずるりと大きな体が傾ぐ。  とにもかくにもなんとか男の肉体を押しのけ、持てる限りの力でその下から這い出すと、さっと肺に涼しい空気が入り込んでくる。  深く深く呼吸を繰り返せば、体の奥深くから這い出すようだった熱が引いていく。 「  っ、ヒドイ 」  やっと と言うように言葉を絞り出した男は、みぞおちの辺りを押さえながら恨み言を言う調子で呻くと、潤む目でこちらを見た。  同情を誘うような、すがる目に流されそうになったけれどいやいやと首を振る。 「通報だ」 「まっ マッテ!マッテ!おねがい!」  バタバタと近寄られて身をすくめると、男は困った顔をして「イヤだった?」と尋ねてきた。 「あた 当たり前だろっ!いきなり襲いかかられて……しかも、あんな……フェロモンで押さえつけるみたいな……」  まだわずかに体にまとわりついていたのか、ぞわりと熱を感じて慌ててそこを手で擦る。 「おめがナラ、よろこぶとオモって」 「オレはオメガじゃない!」  さっきも叫んだ言葉をもう一度叫ぶと、男はわけがわからないと言う顔をしてから、長い指でオレの腹を指した。 「そんなにソコをジラセておいて?」  肉厚な唇の端を歪めて笑うさまは、さっきまでの途方に暮れた捨て犬の表情なんかじゃなかった。  戸締りを確認して、頬に保冷剤を当てている男を振り返る。  オレの自分に対する態度に納得がいっていないとばかりの表情が気に入らなくて、思いっきり鼻に皺を寄せるようにして睨みつけた。 「交番に行くぞ」 「ドウしてもか?」 「即通報しなかっただけでもありがたいと思えよ!」  あの後、再びオレに乗っかろうとした男を殴り飛ばして……  すぐに通報すべきだったのに、どうしてだかできないままに一緒に交番に行くこととなった。

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