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赫砂の失楽園 20
「何が?」
オレの問いかけに男はさらに笑みを深くする。
けれどそれだけでそれ以上の言葉は出てこない、中途半端に放り出された気持ちの悪さに睨みつけてみたが男は機嫌よさそうにしているだけだ。
交番につくと案の定そこは無人で……
そこから連絡を取って警察官に来てもらわなければならなかったが、ちらりと見た交番の壁掛け時計を見ると授業の時間が差し迫っている。
オレにちょっかい出そうとしてきた時間さえなければ……と悔しがっても、時間は戻ってこない。
「連絡は入れておくから、あとは自分でできるよね?」
意思の疎通だけなら十分やり取りできることは、短時間だったけれど十分すぎるほどわかっていた。
「Unu persono?」
「白々しい」
つん と言ってやると、くしゃっと破顔してからオレの服の裾をくいくいと引っ張ってくる。
「ヒトリ、さびしいな」
「だから?」
「ここ、イル。いて?」
「オレ学校だから」
それでなくとも一年留年してしまった身としては、しっかりと単位を取らないといけない。
「だからあんたはここ。オレは大学に行く」
引っ張られる裾を取り返しながらつんと言うと、男ははっとした顔をしてからニコニコと笑顔で近づき「いく!」と無邪気な言葉を出す。
「は⁉そんなことできるわけないだろ⁉」
「デキる?デキる!」
「できないって!あんたは自分の置かれてる状況をわかってるのか⁉」
「リカイ、んんー……soleco?」
soleco……孤独、とはっきり言われてしまうとちくりと罪悪感が胸を刺す。
本来なら、昨日助けただけのこの男にオレはできる範囲で手助けをしたし、これからのことを考えて交番にも連れてきたのだから十分だと思う。
けれどオレをまっすぐ見る男を見上げていると、どうしてだか胸の中の柔らかな部分を押されている気分になってしまって……
いつもなら倒れている人間なんて拾わない。
いつもなら赤の他人にここまで世話を焼いたりなんかしない。
いつもなら……見つめられたら気まずくなってしまうのに。
弾けるような光の粒をまとった赤い瞳がまっすぐにオレを見ているんだとわかると、そわりそわりと浮足立つような気分になる。
「ダメ?がっこうおわったら、ココにくる」
ね?と優しく微笑まれて……
オレはどうして言うことを聞いてしまったのか。
授業を受けている間、どうしてくれようかと思っていると男は見学してくる と言ってすたすたと離れて行ってしまった。
それはオレが拍子抜けするくらいあっさりとした去り方で……
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