607 / 714
赫砂の失楽園 21
寂しいとか孤独とか言っていた様子は微塵もなくて、左右に立つ大学棟を興味深げに見渡しながら行ってしまう。
「……え……」
ぽかん と見送ってしまったが、もしかしてとてもまずいことをしたのではと思い出して……
身元の分からない外国の人間を大学構内に招き入れてしまった なんて、何か事件が起こったらどうするんだと言うことに思い至って血の気が引いた。
授業 は……受けなきゃだけど、あの男……そうだ、名前すらわからない相手を放置してしまう恐ろしさに飛び上がる。
「なんでっ……なんでこんな、うかつなことしちゃったんだ……」
そもそも、家に連れてきたこと。
それから、交番に置いてこなかったこと。
そして、大学に連れてきてしまったこと。
すべてがすべて、普段の自分ならしないような行動だ。
優先順位は兄弟たちが一番だったはずで、その兄弟たちを危険に晒すなんて流弐が言っている通りどうかしている。
なんでだ……?
ぶるぶると頭を振ると、少しすっきりしたような気がして……思い当たることに恐る恐る目を眇めて自身の体を見下ろした。
「────っ」
光の残滓が肌から滑り落ちる。
「なっ……な……なんだ、これ……」
一緒にいた時には男の放つフェロモンに紛れてわからなかったけれど、距離を取ってみれば何をされていたかがよく分かった。
体に絡まるように極々小さな赤い光の粒が漂って……
手で払うようにすれば、空気に翻弄されるようにして消えてはいくけれど、それでも体に絡みつくソレは完全に消えることはない。
「これ……って、マ、マーキング?だよな?は?なんで?」
αがΩにするものだとばかり思っていたせいで、うまく飲み込めずにおろおろとそれを振り払うように手ではたく。
傍から見たら虫を追い払いでもしているかのように見えているかもしれない。
「……っあいつ……っ」
αもΩも、なんならβも……そしてフェロモンにまったく関係ないって言われている無性の人間も、多かれ少なかれフェロモンは出していて、執着する相手に名残のように残していくことはあるけれど……
オレはその体につけられたフェロモンが人を誘導することを知っていた。
あからさまに強制するようなものではなかったけれど、人を促すには十分な効果を発揮することを……
「……っ」
いつから?と考えるよりも前に、気づかないうちに他人をコントロールする危険な人物だと言うことに思い至って血の気が引いた。
あれほど薄氷を踏むように注意しながら生活してきたと言うのに、よりにもよって自分がとんでもないことをしてしまったことにごくりと喉が鳴る。
ともだちにシェアしよう!