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赫砂の失楽園 22

 どうする?  かすかな問いかけは自分自身にだったけれどもちろん答えなんか持ち合わせてはいない。  相談するような相手も……自分が相談に乗ることはあっても悩みを聞いてもらおうと思う相手はいなかった。  オレは頼られる立場であって、頼る立場にはない。  ぎゅうっと両手を握り締めて男が去って行った方向を見る。 「……すぐに 帰って こない、よな?」  授業に対して後ろ髪を引かれる思いもあったが仕方がない、今オレにできるのはとにかくあの不審者から離れることだ……と、建物に入って行く人々とは反対方向に走り出す。    どうする?  もう一度先ほどと同じことを頭に思い浮かべる。 「とりあえず あの男から離れて、それから  」  家は知られてしまっている。  あんなボロアパートでも兄弟五人を快く住まわせてくれているところだ、第一に引っ越す金もない。  拾ってしまった段階で詰んでいるのだと思ってもどうしようもなくて、あの裏道で見つけた時には何かされていたのだと思うと、弟たちは大丈夫なのかと心配になってくる。  男は大学奥にある小さな温室の方に向かっていった。  少なくともこちらを振り返る気配はなかったし、今すぐに大学から立ち去ればオレを見失うだろう。  オレ自身の名前を教えもしなかったし、片言の言葉で大学の関係者でもない男が人を探し回っていればそのうち不審者として通報されるはずだ。  通報されないまでも、オレが見つからない段階であきらめてくれたなら…… 「…………あきらめて  」  圧倒的なほどのフェロモンを思い出すとなぜだか足が止まりそうになる。  これが、あの男がオレに残したマーキングのせいだと思うのに……どうしてだか胸がぎゅっと詰まるような気分になった。    犯罪者だったらどうしようか、  弟たちに何かあったらどうしようか、  そう怯えるようにして様子を窺っていたもののその後あの男が姿を見せることはなくて。  男が残したフェロモンがまったく見えなくなる頃には、いつも通りの生活が戻ってきていた……んだと思っていた。 「   では、私が買おうか」  片言ではない綺麗な発音が背後から投げつけられて、今日の客である男が怯えるように目を見開くのが分かった。  声に聞き覚えはあったがそんな流暢に喋ったことはなかったから、理解が一歩遅れてしまって……  ヤバいと思えばとっさに駆け出すこともできたはずなのに、どうしてだか肩を掴まれるまでぼんやりと立ち尽くしてしまった。 「ハジメ」  目の前の客がじりじりと後ずさって逃げていくのを追いかけもできないまま、背後から伸びた手がオレの指を絡めとるのをただただ見つめる。  

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