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赫砂の失楽園 23
恐る恐る見下ろした腕の先は、綺麗に整えられた指先で拘束されていた。
優雅に見える手は力なんて一切込めていないようなのに、オレの腕はピクリとも動かない。
「この後はどうするんだ?ホテルをとってあるのか?」
問いながらオレの顎を促すように掬い上げて……
見下ろしてくる深い赤色の瞳は紛れもなくあの男だった。
オレに向かって落ちてくるライオンのたてがみのような金色の髪とすっきりとした鼻梁、それから宝石のような瞳を彩る長いまつ毛と肉厚な唇。
にっこりと微笑みかけられればそれだけで虜になってしまいそうなほどの綺麗な顔立ち。
なのに、こちらを見下ろす視線の冷たさにぞわりと体中が総毛立つ。
「 …………何のことか わかりませ 」
背中の熱いほどの体温と氷のような瞳に見下ろされて……かろうじてごまかす言葉を呟いた。
繁華街の喧騒に掻き消えそうな言い訳を、男はうまく聞き取れなかったのか眉を上げてからかうような表情を作る。
「では、先ほどの男にどう言った話をしていたのか問いただそう」
「……は?」
わからなければ聞けばいい。
至極単純で明快なことを言われたけれど、先ほど今日の客に……と交渉をしていた男はさっさと逃げ出して雑踏の中だ。
今から追いかけようとしても無理なことはわかっている。
「探せばいいのだろう?」
そう言うと男はかすかに眉を柔らかくした。
けれど依然男が自分を拘束していることには間違いはなく。兄弟たちに危険が染まっているのは明らかだった。
男は視線を人ごみの遠くに遣ると、急に顎で示すようにしてから「あっちだ」と短くつぶやく。
そうすると男の後ろに控えていた男たちがさっとオレを越えて繁華街へとかけていく。
その姿はまるで獲物を目の前に投げられた猟犬のようだった。
よくできた……一部の隙もない猟犬のような部下。
「さて。このような路地裏で済ましてしまうというわけではなかろう?」
促されて、オレは覚悟を決めて後ろを振り返った。
以前にオレの目の前に現れた時とはまったく違う服装だ。
白い布が柔らかに繁華街のうるさいライトを反射して滑らかに華やかに光るその服は、砂漠の民が来ているものとそっくりだ……と、見上げながら思う。
首元を大きく開けるのは砂漠の民のように見えた。
貧乏人が見てわかるほどの上質で柔らかな衣をまとった姿は、まるでそこにだけ砂漠の国が広がったかのような…そんな気分になってしまうほど似合っている。
「 ハジメ」
「ひ、人違いです」
そう叫んで逃げようとしたその時、
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