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赫砂の失楽園 25

 安ホテル と言ってはいたが、このホテルがそんな部類に入るようなものではないことはよく知っている。  明らかに他よりも抜きんでたラグジュアリーさを兼ね備えたこのホテルは、一生関係のないオレでも名前も知っていて……  テレビでの情報を信じるならば、ここはそう簡単に予約も取れないし安易に泊まれるような金額の部屋でもない。  あんなところで、サラリーマン相手に値段交渉するようなオレが立ち入ることなんてない場所だ。  つまり、場違いすぎていたたまれない。   「どうした?気に入らないことがあるのなら言うといい」  軋む音すらさせずにソファーに座った男は、窺うように首を傾げる。  男は……オレが不満があってここに立ち尽くしているのだと思っているようだった。 「……」  ぎゅっと両方の拳に力を籠める。  そろりと顔を上げた先にあったのは、遮るものが何もないどこまでも続くかのように見える夜景だ。  使い古された言葉を借りるなら、宝石箱をひっくり返したような だった。  いつもその光の粒の隙間を縫うようにして彷徨っていた街は、薄汚れていたはずなのにこうやって見ると傷一つないような完璧な世界に見える。 「……」  動かした視界の先は、近寄るのも怖くなるほどの高級な家具が置かれていて、よれよれのラフなシャツのオレはどう考えてもここでは異質だった。  こんなところに来て、この男は何をしたいんだろうか?  当然と言いたげにソファーで寛ぎ、自分の傍にオレが侍るのを待っている姿は……どう考えても不審者ではない。  いや、不審者には違いないのだろうけれど…… 「ふ、ふろ……シャワーに……シャワーを浴びてもらわないと……」 「そうか、では行こうか」 「……」  踏み出そうとした足をとどめ、首を振った。 「オレは、準備がいるから……先に   「コニシハジメ」  言葉を遮るように名前を呼ばれて背筋が伸びた。  居心地の悪さにぎゅっと顔をしかめる。 「小西壱 七人家族、書類上は五人兄弟の長男。次男の流弐、三男の参希、長女の肆乃、四男の良伍と共にアパートで生活。バイトは『Gender Free』をメインに数多くをこなし、大学では社会経済学を学び、一年留年しているのだったな?」 「な に  」 「生まれたばかりの末っ子の世話をするために」 「っ⁉おま  っどこまで調べてるんだ⁉」 「両親は数年に一度……前回帰宅したのは良伍を預けに来た時だったそうだな。両親は国内外を転々とし、布教活動をおこな  「うるさい!」    思わず耳を塞ぎたくなったのは、自分の個人情報の垂れ流しが不気味になったのではなく、両親の話を持ち出されたからだった。  

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